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チャゴス島民の帰郷を願う

 昨日の朝日新聞「世界発」に、「英領チャゴス」の記事が載っていた。
 私は、チャゴス諸島の中の「ディエゴガルシア」という島の名前をよく覚えている。湾岸戦争(91年)の頃、佐世保港の弾薬所とデ島との間を弾薬輸送船が頻繁に往復したからだ。

   英領チャゴス

 チャゴス諸島は、大小60以上の環礁や小島群からなる。16世紀にポルトガルによって発見され、1814年に英国の保護領になりモーリシャスの一部として統治。
 1965年、「英インド洋領土」に編入。翌66年、米国との防衛協力で諸島内のディエゴガルシア島を米国に50年間貸与する。島民約2千人がモーリシャスやセーシェルに移住させられた。

   ディエゴガルシア島

 ディエゴガルシア島の貸与期限が来年切れることから、元島民たちの帰還願望が高まっているという。これまでも、島民たちは英政府に対して、島での居住禁止措置は違法だとして裁判所で争ってきた。

 米国は、ミクロネシアの島々でも島民たちに同じ仕打ちを行ってきた。46年、ビキニ環礁は原水爆実験を行うために〝戦略的価値〟があるとして、島民たちを周辺の荒海の孤島に移住させた。「第五福竜丸」の被曝はよく知られているが、マーシャル諸島の島民たちは何も知らされずに大量被曝した。まるでモルモット扱いであった。
 
   4.故郷を捨てる-
   (ビキニ島を出ていく島民たち。豊崎博光氏撮影)

 私が、「ズー・セオリー(動物園理論)」という言葉と出会ったのは、パラオに行った22年前のことだ。住民たちを檻で囲って、従順ならば缶詰などを与えて慣らすという「理論」らしい。チャゴス諸島やミクロネシア諸島でも、住民たちを人間としてではなく動物並みの扱いをしてきた訳だ。

   帰島希望で挙手する元島民
   (朝日新聞4月22日付)

 一連の法廷闘争を経て、英国内外に「帰島を認めるべきだ」との世論が高まっているという。
 セーシェルに移住させられた元島民のジョゼット・ナヤさんは振り返る。「ディエゴガルシアでは島民全員が一つの家族のようだった。おなかがすいたらヤシの実を食べ、友人と歌いながら若い頃を過ごした」。娘と息子に語って聞かせた。「あなたたちのふるさとはチャゴス。いつか子や孫に、美しい島の風景を見せてあげてほしい」と。
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天皇・皇后両陛下のパラオ訪問に想う

 天皇・皇后両陛下が4月8日、パラオ(ベラウ共和国)を訪問された。
目的は、ペリリュー島での熾烈な戦いなどで亡くなった日本軍兵士はもとより、すべての戦没者への慰霊とされる。
 両陛下は戦後60年にサイパンへ慰霊の訪問をされており、かねてよりパラオ訪問を希望されていたという。

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 私がパラオに行ったのは93年1月、原水禁九州ブロック調査団の事務長としてだった。九ブロ原水禁はすでに10数回にわたってパラオを訪れて、非核・独立をめざす住民組織『キッタレン』との交流を深めてきた。

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   (『キッタレン』の皆さんと)

 ミクロネシア(小さな島々の意味)の西端にあるパラオ。約200の島々からなり、人口約1万5千人、いまなお母系社会を残す美しい国である。
米国は、ミクロネシア諸島と「自由連合協定」を結んだ。しかし、パラオは米国の強大な圧力にも拘わらず、80年に「非核憲法」を制定した。
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   (調査団と会談するクニオ・ナカムラ大統領)

 ところで、私たち調査団ときさくに応じてくれた日系二世のクニオ・ナカムラ大統領は、「米国との協調は大切だが、わが国に軍隊はなく比較平和こそ尊い」と語っていた。『キッタレン』との交流はトタン屋根の小屋で行われ、相手はすべておばさんたち、夫たちはビール片手に周りから眺めているのだ。

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   (船でペリリュー島に向かう調査団)

 日本は当時、パラオに「南洋庁」を置いてミクロネシア一帯を支配下においたのだった。旧日本軍が神社まで作らせてパラオの人々に拝礼を強要した。名前も言葉も日本人同様に変えさせた。日本人は約5万人が移り住んだ。
激戦地となったペリリュー島に行き、旧日本軍の錆びついた戦車や高射砲、塹壕などを視察した。戦死者は日本兵約1万人、米兵約2千人であった。

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   (旧日本軍の戦車)

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     (慰霊碑)

 帰国後、私たちは、「大国の援助に頼らず、経済的に自立することが大切」という『キッタレン』の皆さんの切望を受け止め、国おこし〈自給自足〉政策を進める大統領との約束どおり、大量の農機具(クワ、カマ、砥石)を贈った。

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 私は、読売新聞に帰国報告を寄稿したが、最後に「頑固なまでに非核憲法を守り抜くベラウと対照的に『国際貢献』を理由に平和憲法の変質を探る日本」と書いた。
私の懸念は、22年後の今日、安倍政権の下で実現しそうな雲行きである。

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平岡敬・元広島市長の論評に感動した

  「死者の声に耳傾けたい」――敗戦記念日の15日、佐賀新聞に載った平岡敬・元広島市長(87歳)の論評の見出しである。
 長くなるが要点を記してみる。

      平岡敬
      (平岡敬・元広島市長)

――私は学徒動員により北朝鮮・興南の化学工場で働いていた。突然、戦争が終わり、京城へ脱出した。9月末に引き揚げると、郷里広島は、原爆で壊滅していた。これが私の戦争体験である。

     広島原爆ドーム
     (広島の原爆ドーム)

――飢えに苦しみながらも、新しい憲法のもと、平和な世界を夢見て、日本再建に汗を流した。しかし、いま私たちの目の前には、荒涼たる光景が広がっている。
 かつて焦土に生きる日本人の希望であった憲法は、邪魔者扱いである。米国に従属する戦後政治の流れの中で、先の戦争は明確な過ちであったということを認めようとしない人々が権力を握り、非憲法的な手段によって国の行方を大きく変えようとしている。

    安保法制懇

――特定秘密保護法に続く集団的自衛権の行使容認は、自衛隊が米軍と一体となって海外で戦争する道を開いた。ヒロシマ・ナガサキを忘れて原発再稼働を目指し、原発輸出に狂奔する政治には、国民の安全を守る姿勢は見えない。

――戦後がいつの間にか、新たな戦前になってしまった。それはなぜなのか。日本が歴史と向き合うことなく、戦争の責任を追及せず、全てを曖昧にしてきたからではないか。
 過ちを反省せず、現実から目を背けて問題を先送りし、責任を回避する日本政治の体質はフクシマでも明らかになった。

     福島第一原発
     (福島第一原発)

――私は、目先の利潤追求に走り、戦争の悲惨を実感できない人々が、安全保障を論ずる危うさを痛感している。近隣諸国との信頼醸成と相互依存関係の強化が、日本の安全を確かなものにする。軍事力に頼って失敗した過去の歴史から学ぶべきことは、外交力による平和構築である。

      国会議員の靖国参拝
      (靖国神社に参拝する閣僚たち)

――アジア・太平洋戦争での日本人の死者は300万人、アジアの人たちの犠牲は2千万人といわれる。死者一人一人の無念と、生き残った人間の戦争体験こそ「肝要な部分」であり、歴史の土台である。それゆえ、私は自らの体験に固執し、戦争への動きを拒否する。敗戦時に民を見捨てた国の本性を見たからである。

――転機に立つ私たちは、非業の死を遂げた死者の声を聞いて、日本の未来を考えなければならない。巡りくる敗戦の日が、そのことを私たちに問い掛けている。

 戦争体験に基づく平和への揺るぎない信念に、心から感動した。どこぞの総理大臣も爪の垢を煎じて飲んだらどうか。

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緊張を高める合同演習&空母入港に反対する

 きょうから「マラバール」というコードネームの日米印合同演習が太平洋側で始まったようだ。さっそく中国は反発の声明を発表した。

       印駆逐艦ランヴィジャイ
       (インド駆逐艦「ランヴィジャイ」)

 海上自衛隊に参加を呼びかけたのはインドの国防相で、数日前から同海軍の駆逐艦など3隻が佐世保に入港していた。中国と国境を接するインドは日本と原子力協定を結んでおり、安倍政権としては「中国包囲網」の一環と位置付けているようだ。

       護衛艦あしがら
        (合同演習に参加している護衛艦「あしがら」)

 一方、日本は米国に次いでオーストラリアと「物品役務相互提供協定」(ACSA)を締結し、韓国や英国などとも同協定を結ぶ予定。燃料・水・食料などの物資という制限を解除して、弾薬・武器の提供もできるようにする腹積もりだ。多国が絡んでくると、協定などを破棄するのも一筋縄ではいかなくなる。

       米空母J.ワシントン
        (合同演習後、佐世保に入港予定の米空母「ジョージワシントン」)

 集団的自衛権の行使に係る関連法改正は来年の通常国会で審議する予定だが、それに先行して〝戦争できる国〟に向けた体制づくりは着々と進んでいる。

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        (米空母「ステニス」反対行動 09年)

 こうした一連の動きを背景にして、マラバール合同演習後、米空母「ジョージワシントン」が8月1日佐世保に入港する予定だ。県平和センター・地区労・社民党などは、海上抗議行動や反対集会・座り込み行動などを準備している。
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非武装中立のオーランド諸島がすばらしい

 「強い自治と非武装中立が、島を豊かにした」――バルト海に浮かぶオーランド諸島のことである。朝日新聞の記事(14年3月14日付)より紹介すると――

         14.3.14朝日・オーランド諸島
          (朝日新聞 14年31月4日付)

 スウェーデンに統治されてきたオーランド諸島は1809年、ロシアに征服されてその支配下にあったフィンランドの一部となる。
 ところが、1917年にロシア革命が起こって島民の間にスウェーデン復帰の運動が高まる。フィンランドとスウェーデンの関係が極度に悪化する中、国際連盟は21年、➀主権はフィンランドに帰属➁島の自治を保障➂スウェーデンの意向に沿って非武装中立化、との裁定を下す。
 
 当時、国際連盟の事務次長だった新渡戸稲造は「将来、諸国間の友好関係を妨げる類似の問題が生じた場合、その処置の先例を確立することになる」と語った。

 オーランドには22年、議会と自治政府が発足。教育・医療・郵便から警察まで、国家並みの強い権限を持つ。
 「隣国との係争をどう解決すべきか」のヒントを求めて、各国から政治家・官僚・学者らの視察が絶えない。

 フィンランド政府と自治政府は92年、平和研究所を設立。係争地の若者の交流キャンプを開いたり、クリミア半島に研究員を派遣して、領土紛争の解決策を探ってきた。
 06年には、日ロの研究者らが北方領土問題に関する会議を島で開催。米軍基地が集中する沖縄の自治のあり方を探るセミナーも開かれた。

            コスタリカ

 〝非武装の国〟と言えば中米のコスタリカが有名だ。19世紀半ばにスペインから独立。1949年に常備軍を廃止して以降、軍事クーデターは起こっていない。ただし、非常時の徴兵制を定め、隣国ニカラグアの3倍の予算をもつ警察組織(約8千人)を英国などは「準軍隊」と位置付けている。また、99年からは米軍が駐留しているが、別途論じてみたいと思う。

               アリアス大統領
           (中米の紛争解決に貢献してノーベル平和賞を受賞したアリアス大統領)

 いずれにせよ、「非武装」の裏付けとなるのは、徹底した紛争防止と平和外交である。ところが、安倍政権は紛争の原因を除去するのではなく、いたずらに隣国との緊張を助長して「武力行使」に道を開こうとしている。もう少し過去の歴史を教訓として、非武装国家や自治政府に学んでみたら如何だろう。
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今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)