原潜事故の避難訓練と放射能測定の「密約」

 今月8日のフェイスブックに書いた「原潜の放射能漏れ事故」を想定した避難訓練について、時系列的に加筆しておきたい。

      13.11.8朝日・原潜避難訓練 - コピー

*原潜が初めて日本に寄港したのは、64年11月(艦名シードラゴン)、原子力空母は68年1月(艦名エンタープライズ)、いずれも佐世保だった。米国政府は、寄港に際して「寄港24時間前の通告」を約束した(64年、外交覚え書「エード・メモワール」)。

         空母の原子炉

*原潜の寄港地は横須賀・佐世保・沖縄(ホワイトビーチ)。原潜や空母の原子炉の情報は一切非公開だが、原子炉の電気出力は空母30万kw、原潜6万kwと推定される。
米海軍は「原潜の事故は全くない」と言うが、佐世保や横須賀で放射能漏れ事故(68年、69年)やケーブル火災事故(04年)などを起こしている。

        デイビスレポート
        (「核軍縮・平和2005」より)

*米国の環境科学者W.ジャクソン・ディビス博士(カリフォルニア大)が、米原子力艦の原子炉や核兵器の事故被害を分析した「デイビス・レポート」(88年)は、関係自治体に大きな衝撃を与えた。

   SSKドック&岸壁
    (右下が赤崎岸壁)

*米海軍のマクパードン佐世保基地司令官は78年、原子力船「むつ」の立神岸壁(米海軍管理)係留を拒否する理由として「原子力艦の係留場所は住宅地域から少なくとも500メートル以上離れた所でなければならない」という米原子力委員会の規則があると明瞭に述べた。
 だが、港深奥部の1号ブイに係留していた原潜は、冷戦後、赤崎岸壁に係留されるようになった。同岸壁から半径300メートル以内には民家や老人施設があり、米国規則に反する状態である。

        原子力艦の災害対策マニュアル

*01年3月、私が衆院予算委分科会で上記の問題を質した時、政府は「承知しない」とシラを切った。しかし、3年後、原子力安全委員会(3月)と中央防災会議(8月)が相次いで「原子力艦の原子力災害対策マニュアル」を策定した。
このマニュアルで「避難を計画する範囲」として、原潜は0.5km・原子力空母1km以内という数値が明記された。

*原潜の放射能漏れ事故を想定した避難訓練は02年から始まったが、米海軍は「原潜事故を想定した訓練には参加できない」との理由で参加を拒否している。

      原潜の放射能測定「密約」1

*実は、原潜の放射能測定についても日米間の「密約」が存在する。
核問題研究家の新原昭治氏が米国立公文書館から入手した資料によると、――原潜寄港時の放射能測定は、海水・海底土及び空気中で行なわれる。ところが、69年、横須賀に寄港中の原潜「サーゴ」から異常値が記録されたのをきっかけに、「調査船が原潜から50メートル以上離れて測定する」との密約が日米間で交わされた(71年)。

        原潜&潜水艦母艦
        (原潜と潜水艦母艦)

 文科省は「現在は50メートル以内でも測定している」と言うが、外務省は「関連文書が本来存在しないのか、保存期間が過ぎて破棄したのかは分からない」と言う。

         新モニタリングポスト

 周辺住民の避難訓練も大切だが、その前に放射能測定の「密約」の真相をはっきりさせることこそ先決ではないか。政府にその気がないのなら、自治体が積極的に働きかけるべきだが、及び腰の首長に望むべくもない。
 今、国会で審議中の「特定秘密保護法案」が成立したら、こうした資料の入手自体が困難になり、国民の命と健康に係る情報が完全に閉ざされてしまうことは必定だろう。
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生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)