光武顕・元佐世保市長の米寿祝い会

  光武顕・元市長が今月米寿を迎えられた。
 光武さんとのお付き合いは、佐世保市長選挙(1995年)がきっかけなので23年ほどになる。

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     (柘植大二郎・元連合議長)

 光武さんは、長崎県議を4期15年(1971年—1986年)、衆議院議員を1期(1990年—1993年)勤めた。
 その後、1995年の佐世保市長選に挑み、三つ巴戦を制して初当選する。当初は、県議会議長を経験したベテランの宮内氏が優勢と見られたが、連合や地区労、友愛連絡会などに加えSSK(佐世保重工業)が光武さんの支援にまわったのが大きかった。
 この選挙に関しては、石橋政嗣・元衆議院議員(社会党委員長)から批判の声が出た。
村山政権(自・社・さきがけ)を手厳しく批判して社会党を離党。「地方まで自民党と組むのか」と言う訳だ。
 
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     (光武顕・元佐世保市長)

 しかし、日頃から日教組や労働組合を目の敵にする宮内氏が市長となれば、労働組合とりわけ市役所や水道局、交通局の職員は厳しい状態に追い込まれるのは目に見えていた。地区労事務局長だった私は、そういう危機感から光武氏と「政策協定」を交わして闘いに臨んだのだった。

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    市長在任中は、公共事業などのハード面をおさえ、介護保険や育児などの福祉面に力を入れた。
 また、前畑弾薬庫の撤去など、基地問題にも精力的に取り組んだ。

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 連合佐世保地協の結成を前後して、労働団体の幹部は年に数回懇親交流会を重ねていたが、途中から光武新市長が加わって「光武懇親会」となった。
選挙当時の苦労話しや政治論評など話題は尽きず楽しいひと時を過ごしたものだ。そして、初当選から20年を一区切りにやめることになった。
 ただし、私には時々昼飯のお誘いがあり、某レストランで政治談議に花を咲かせたのだった。

     18.2.9朝日・宮内県議が職員に「寄付強制」
     (朝日新聞2/9付)

   今年2月、宮内雪夫氏の不正事件が発覚した。彼が理事長を務める社会福祉法人「長崎博愛会」の施設職員らから「強制的な寄付集め」が行われていたと、内部告発があったのだ。さらに、3人の施設職員は実質的に「秘書活動」を行っていたというのだ。
 「強制的な寄付集め」の総額は約2億円に及ぶ。これらの行為は政治資金規正法に違反するものだ。
 宮内市長が誕生していれば、市政は完全に私物化されていただろう。
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生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)