原爆投下から71年目の夏ーー「黒焦げの少年」の正体判明

 広島・長崎に原爆が投下されて71年目の夏。
広島の死者数は約14万人、長崎は約7万4千人。涙も枯れ果てるほどの悲劇は枚挙にいとまがないが、その一つに爆心地付近で全身黒焦げで亡くなった写真がある。故・山端庸介さんが撮影した「黒焦げとなった少年」(1945年8月10日)である。

     黒焦げの少年

 これまで長い間身元不明だったが、長崎平和推進協会の調査で、少年が旧制中学1年の谷崎昭治さん(当時13歳)である可能性が高いことが分かった。
 同協会が昨年7月に長崎市で開催した原爆写真展で2人の妹が気づいたのがきっかけだった。

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     (右・西川美代子さん。左・山口ケイさん)

 妹の西川美代子(78)さんと山口ケイさん(76)は、写真展で大きく引き延ばされた写真を見たとき、「じっちゃん(谷崎さんの愛称)だ」と直感した。
 二人は原爆関連写真を調査している深堀好敏さん(87)に面会。深堀さんが九大法医学者に鑑定を依頼し、顔の特徴などから少年が谷崎さんの可能性が高いという鑑定結果を得た。

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     (左端・谷崎昭治さん。右端・西川美代子さん)

 谷崎さんは爆心地近くに下宿しており、投下後、父親は何度も下宿を訪れ、母親も谷崎さんが送った最後の手紙を肌身離さず持っていた。
 二人の妹は昨年秋、少年の写真を手に両親の墓前に報告。山口さんは取材に「両親もほっとしたと思う」とほほ笑み、西川さも「どこかで生きているのではと思い、気持ちの整理がつかなかった。やっと会えて安心した」と語った。(以上、JIJI.COMの記事6.18付より)

     弟を背負った少年
     (死んだ弟を背負い荼毘に臥すのを待つ少年。)

 ところで、オバマ大統領が初めて広島を訪れて、犠牲者の慰霊と「核兵器廃絶」を誓ったことが話題となった。しかし、安倍首相はオバマ大統領に「唯一の被爆国」としての確固たる意志を伝えることは微塵もなかった。
 日本は長年、ひたすら米国の「核の傘」にしがみつき、米国の核兵器削減に必死で抵抗し、核兵器の先制使用に反対することもできない。
 こんなぶざまな姿こそ、原爆の犠牲者、被爆者に対する最大の侮辱であろう。
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生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)