田中角栄ブームとロッキード事件

 このところ〝田中角栄ブーム〟で書店が賑わっている。TVではNHKスペシャルで『ロッキード事件』(1~3部)が放映された。
 今回は、〝田中角栄ブーム〟について佐高信の解説と、「ロッキード事件」について私の回想を少し書いてみる。

     20101005001624[1]

 佐高信の解説はいつもながら分かり易く的確である。以下、「DIAMOND online」(5/23)から要約してみる。
――石原慎太郎が『天才』(幻冬舎)で、田中角栄を称揚しているが、すべての面で対極に位置していた人物だ。
 角栄は憲法改正を急ぐ必要ないと考え、石原は占領憲法と非難している。また、石原は角栄の政的・福田赴夫の派閥に属し、森喜朗・小泉純一郎・安倍晋三に受け継がれるタカ派で、角栄や大平正芳らのハト派とは、特に日中国交回復問題で激しく対立した。

――佐高は早野透との対談集『丸山眞男と田中角栄』を出した。ゼミ生との昼食会で丸山から「田中角栄とはどういう男か?」と尋ねられ、早野は「戦後民主主義の上半身は丸山がつくり、下半身は角栄が支えた」と答えた。
 角栄が日中国交正常化のため訪中する直前、石橋湛山邸を訪れている。湛山は岸信介の反対を押し切って訪中し、周恩来と会って国交回復の足がかりをつくった。

    田中角栄と周恩来
    (田中角栄と周恩来首相)

――中華人民共和国が誕生したとき(1949年)、自民党は「アカの中国とはつきあうな」というグループと、「隣の大きい国とつきあわないわけにはいかない」というグループに分かれた。
 後者の象徴的存在の角栄は72年首相となると、大平外相と共に暗殺を覚悟してまで日中国交回復を成し遂げた。
 石原は、「君、国売り給うことなかれ」(「文芸春秋」74年9月号)と書いて角栄の邪魔をした。その半年後、都知事選に立候補する石原は田中事務賞を訪れて、角栄から「軍資金」をもらっている。

――「田中角栄って人は、世間では金権政治の権化みたいに思われているけど、お金だけであれほど人の心をつかむことはないんですよ」。「角さんは金を使って自分の理想を実現させようとした。しかしいまの政治家は、ただ人を金で釣っているだけでしょう。安倍さんだって、美しい日本の国って言うけど、ただ金をばらまいたって、日本の美しい心なんていうのは取り戻すことはできませんよ」。……これは参議院のドンといわれた村上正邦の発言である。

     20130419064029d68s[1]

 私の場合、田中角栄と言えばやはり「ロッキード事件」である。日中国交正常化、ベトナム戦争終結などの後、冷戦下で〝緊張緩和〟の状況が進んでいた。
 そうした中で、前総理大臣が逮捕されるというショッキングな事態が生じた。全日空の旅客機導入選定に絡んだ事件で、大物右翼の児玉誉士夫や政商・小佐野賢治らが暗躍した。
 当時は、関係する本を手当たり次第に読み漁った覚えがある。週刊「ピーナツ」という手作り新聞が発行されて評判となった。

     週刊「ピーナツ」

 米国側から告発されたこの事件、実は、民間旅客機を隠れ蓑にした軍用機「P3Cオライオン」(ロッキード社製)の売り込みにあり中曽根康弘こそ〝本命〟と言われたが、検察側の捜査は民間機「トライスター」に限定された。
 また、ソ連やアラブ諸国などエネルギー資源の直接調達を進める田中首相の追い落としを狙った石油メジャーと米政府の陰謀だったとする説。あるいは、中国と急接近する田中首相(〝トラの尻尾を踏んだ〟と形容された)を快く思っていなかった米政府が角栄を排除したとの説などが飛び交った。
 角栄の娘・眞紀子は、「父・角栄は米国の謀略にやられた」と公然と語っていた。

     田中真紀子

 話しは飛ぶが、その眞紀子が外務大臣のとき、私が委員会で「日中国交回復を実現した田中角栄は、戦後政治史で大きな功績を遺した」と褒めあげたら、満面の笑みを浮かべて喜んだものだった。
 南シナ海問題など中国の居丈高な行動が顕著な現在、日中友好議員連盟などが「対話と協調」を積極的に働きかけていくべきではないか。(自民党の中の〝親中派〟は二階俊博と河野太郎ぐらいか)
スポンサーサイト

comment

管理者にだけ表示を許可する

最新記事
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
月別アーカイブ
カテゴリ
プロフィール

FC2USER537587ATX

Author:FC2USER537587ATX
今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)