SSKと基地問題に想う

  数日前、TVのローカルニュースで佐世保重工業(通称:SSK)の岸壁返還のことが報道されていた。
立神4、5号岸壁が米海軍から日本に返還され、国からSSKに払下げられることになったとのニュースである。

SSKドック&岸壁

 佐世保重工業(SSK)は、旧日本海軍の海軍工廠から、戦後、民間企業(佐世保船舶工業)として再出発したが、いまなお第二、第三ドックや赤崎・立神両岸壁などは米海軍の優先使用権が認められている。戦後68年の今も“米軍の占領”が続いている。

 立神岸壁は、米艦船の増配備でSSKはほとんど使えなくなっており、4、5号岸壁は米海軍に借用料(年間2千万円)を出して新船の艤装などに使っている。
 今回、払下げに至るまでには、隣のジュリエット・ベイスンに4、5号岸壁の代替岸壁を新設(約200億円、日本政府負担)することが条件であった。沖縄・普天間基地問題と同様の構図だ。

ドック群
(右から、新船建造用の第4ドック、中央が修繕用の第3ドック、その左が米軍・自衛隊共同使用の第2ドック、左端は修繕用の第1ドック。※第4ドックでは戦時中に戦艦「武蔵」を艤装した)

 私は、SSKがオイルショックで倒産の危機に瀕し、来島グループに入るときの「坪内式合理化」反対闘争から関わりを深めた。(この闘いの真相については、反執行部派のリーダーだった故・光武五郎氏のブログに詳しい。⇒「佐世保重工業労働組合」で検索すると、「今は昔の“ストライキ”の話~その6-耳を洗う」として載っている)

 最も印象深いのは、「第3ドック」を巡る闘いである。96年初頭、米海軍は強襲揚陸艦「ベローウッド」の修理のため「第3ドック」を半年間使用すると通告した。そうなればSSKは経営破綻は必至であり、労使一丸となって反対運動に取り組んだ。

ベローウッド
 (立神岸壁に接岸したベローウッド)

 私は、長谷川社長出席のもとで開かれた佐世保重工業労組(通称:労愛会)の研修会で初めて講演、同労組と一緒に「基地問題白書」を作成したり、第3ドックでの総決起集会に出席するなど、協力を惜しまなかった。最終的に、「ベローウッド」は浮きドックで修理することで決着した。

基地問題研修会
  (演壇は柘植大二郎委員長、雛壇左端が長谷川隆太郎社長)
基地問題白書
 (米国に直訴のため英字解説を入れた。約1万部発行。写真提供:長崎新聞)

 全盛時に約1万人いたSSKの労働者(本工7千人・下請け3千人)は今1千人にまで減少し、さらに今回、四分の一削減(250人)の希望退職募集が始まった。
 40年間シェア世界一を誇った日本の造船業界も、いまや建造量で韓国・中国に追い抜かれ、しかも受注がなくなる「2014年問題」を抱えて前途多難だ。川崎重工業と三井造船は合併の検討を始めたようだ。

 果たして、SSKは生き残れるのか?目が離せない。

 (※なお、佐世保基地の現況などについては、これから随時説明してみたい。)
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生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)