憲法九条の「押しつけ論」と「発案者」

  「憲法第九条」をめぐっては、これまで様々な議論が交わされてきた。
 安倍首相ら「改憲派」が憲法改正の最大の論拠とするのは、「(占領下)米国による〝押し付け〟」論である。

 ところが最近、TVや新聞、月刊誌などで、「押し付け論」への批判や「第九条の発案者・幣原首相」説などが報じられている。
 例えば、「『岸時代の憲法調査会』の肉声」(報道ステーション)、「GHQが評価した『憲法研究会』の憲法草案」(西日本新聞 5/4付)、「憲法九条と幣原喜重郎」(月刊『世界』5月号)といった具合だ。

    月刊「世界」5月号

 幣原首相は、「僕はマッカーサーに進言し、命令として出してもらうよう決心した」と語っているが、昭和天皇の密命を帯びていたのではないかと推測する。首相が天皇の頭越しにマッカーサー元帥と会って「非武装」を提案するとは考えにくく、幣原首相自身は非武装条項にあまり関心を示さなかったと言われる。

    天皇とマッカーサー

 昭和天皇の思惑・関心事は、敗戦と占領下で「皇室をいかに存続するか」にあった。マッカーサー元帥とは延べ11回にわたって会談している。「戦争放棄(非武装)」と引き換えに琉球諸島の永続的な軍事的占領を望んだ。(「沖縄メッセージ」)

 一方、マッカーサーは次期大統領選に意欲を示し、そのために日本統治の成功を強く望んだ。そのために天皇制の存続が必要だった。
 ところが、米国政府や連合軍諸国は天皇の戦争責任を問う意見が強かった。そこでマッカーサーは、「平和主義者・ヒロヒト」を誇張し、「極東委員会」が設置される前に「天皇制存続」を決めた。「戦争放棄(非武装)」条項は国際世論を説得する切り札として必要だったのだ。

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 マッカーサーは、沖縄を軍事拠点化すれば、本土は〝非武装〟でも守れると考えた。(「東洋のスイス」論)
 ところが、彼は朝鮮戦争の責任を問われて司令官を解任される。(トルーマン大統領)帰国後、米議会では「非武装・日本」の憲法が厳しく問われた。そこで、「九条は幣原首相の提案による」と言い逃れたのだった。(「マッカーサー回想録」)

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    (柄谷行人氏)

 さて、参院選も間近に迫ってきた。安倍政権は「参院で2/3確保」を狙い、民進党などは「2/3阻止」を掲げる。私も含め〝反安保法制〟側は野党共闘で2/3阻止を確実にしたい。
 ところが、哲学者の柄谷行人氏は言う。(朝日新聞6/14付)「改憲を唱える保守派は選挙になると沈黙した。負けると決まっているからだ」。「仮に2/3確保しても、その後に国民投票があるので、改憲はできません」。「国連で日本が憲法九条を実行すると宣言すれば、戦勝国が牛耳ってきた国連を変えることになるでしょう」。「それによって国連はカントの理念に近づく。それは九条をもった日本だけにできる平和の世界同時革命です」。

 「世界連邦」構想を提唱してきた私が、柄谷行人氏の名前を知ったのは彼の著作「世界共和国へ」(岩波新書)と出会った時からだった。
 「2/3」の確保か阻止かにあまりこだわらずに、国民生活の安定と国際社会の平和にとって何が必要なのか、もっとお分かり易く訴えていくべきではないだろうか。
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今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)