アインシュタインと『世界連邦』

 数日前、TVで「日本を旅したアインシュタイン」という番組があった。
 私は、非武装を謳う憲法第九条と『世界連邦』は不可分のものと考えており、『世界連邦』の提唱者はアインシュタインであった。
そこで、TVを食い入るように観たのだが、残念ながら『世界連邦』に関する映像はなかった。

    アインシュタイン
    (アインシュタイン)

 それもそのはずで、アインシュタインが妻と共に日本に来たのは1922年なのだった。夫婦は約1か月日本に滞在した印象をこう語っている。「日本の建築、芸術や自然について、一種独特の価値がある。また、国民は謙虚にして篤実」であると。

ところで、広島に原爆が投下されたニュースを聞いたとき、アインシュタインは〝Oh,weh!〟(ああ、なんたることだ!)と悲痛な酢ビをあげたという。
後年、彼は「私は生涯において一つの重大な過ちをしました。それはルーズベルト大統領に原子爆弾を作るように勧告した時です」と語った。

    広島原爆

 この罪の意識が、晩年のアインシュタインをいっそう強く平和運動に駆り立てた。それが「世界政府建設の運動」である。
1948年(昭23年)、彼のメッセージは年頭の朝日新聞に発表された。――「(原爆のような)不幸を防ぐ道は只一つ、戦争突発の原因となったようなあらゆる問題を解決する機関と法的権限をもつ世界政府を樹立することである。諸国民の伝統的思想と気持ちにこれほど適応した安い道はないということを、すべての国の民衆が十分に理解した時にのみ可能である。」
 
    アインシュタインと『』湯川秀樹
    (アインシュタインと湯川秀樹)

 アインシュタイン訪日の折、通訳として身の回りの世話をした稲垣守克は「世界連邦政府のための世界運動」と連携をとり、日本に「世界連邦建設同盟」(世連)を作った。
稲垣が理事長で、総裁に尾崎行雄、副総裁に賀川豊彦をすえ、のちに湯川秀樹も加わった。現在も「世界連邦日本国会委員会」という超党派の議員連盟として存続している。
終戦・被爆60年では、「世界連邦実現への道の探求」という国会決議も採択されている。

 「非武装で国や国民が守れるのか?」との疑念は当然である。新憲法制定の帝国議会で吉田茂首相は「国際平和団体の樹立によって、侵略戦争を防止する」と答弁した。
現在の国連は国家の連合体であり各国が軍隊を持っているので、戦争が絶えない。それに対して、「世界連邦」だけが唯一軍隊を持ち、各国は警察力程度にとどめることで戦争を防止できるとの考えだ。

    15.11.2朝日・パグウォッシュ開幕 - コピー

 ところで、核兵器廃絶などを議論するパグウォッシュ会議が、今月1日から初めて長崎で開催された。
同会議の原点は、アインシュタインとバートランド・ラッセル(英国の哲学者)が核兵器廃絶と戦争廃止を訴える『ラッセル=アインシュタイン宣言』(1955年4月)である。署名した2日後、アインシュタインは病に倒れ帰らぬ人となった。
スポンサーサイト

comment

管理者にだけ表示を許可する

最新記事
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
月別アーカイブ
カテゴリ
プロフィール

FC2USER537587ATX

Author:FC2USER537587ATX
今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)