シンガポール「建国の父」リー・クワンユー氏逝く

 東南アジアで知らぬ人はいない、シンガポール〝建国の父〟と呼ばれたリー・クアンユー元首相が他界した。

    リー・クアンユー
    (リー・クワンユー元首相)
 マレーシアから分離独立したのが65年。マレー半島先端のごく小さな島(東京23区より一回り広い。現在の人口450万人)で資源もない国を世界有数の富裕国にした。
 外資誘致と外国人材の活用、適格・大胆な産業政策を繰り出して、07年には一人当たりGDPは日本を抜いた。

 しかし一方では、人民行動党の一党支配体制を敷き、野党を抑え込み、言論・集会などを厳しく規制した。こうした開発独裁型の国家統治は「シンガポール・モデル」と呼ばれるが、「経済格差など社会問題を背景に批判的な有権者が増え、ソーシャルメディアは政府批判を増幅させている」(ユージン・タンシンガポール経営大准教授)。

    マハティール
    (マハティール首相、03年)
 リー氏と共に忘れてならないのは、マレーシアのマハティール元首相だ。「ルック・イースト」提唱で知られ「マハティール構想」(東アジア共同体)が有名だ。
 ARF(東南アジア諸国連合地域フォーラム)が創設されたのが94年。リー、マハティール両氏が中心となったのは言うまでもない。マハティール氏は徹底した反米主義者で、ARFから米国を除外するものだと米国は猛烈に反対したものだ。

 また、「東南アジア友好協力条約」(76年)では、紛争の平和的解決や武力の威嚇・行使を禁止すると定めており、現在では日・米・中・ロ・EUなど28か国・組織が加盟するに至っている。
 東北アジアでも朝鮮半島の和解と平和的統一が実現すれば、「東アジア版連合」も決して夢ではなくなる。

 何はともあれ、アジアの巨人・リー・クアンユー氏のご冥福を祈りたい。

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生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)