原潜「シードラゴン」初寄港から50年

今月12日は、米海軍の原子力潜水艦(略称:原潜)が初寄港して50年の大きな節目の年である。

     Seadragon-ii[1]
      (初寄港した原潜「シードラゴン」)

 原潜の名前は「シードラゴン」。タツノオトシゴから命名したらしい。原潜としては初期タイプのスケート級で、写真のように現在入港しているロサンゼルス級(涙滴型)とは見かけが違い、搭載兵装も魚雷である。

 シードラゴンの就役は1959年。東南アジアなどで広報活動を続けて、佐世保に初寄港したのが1964年11月12日だった。米国は当初、首都圏の横須賀に入港する予定だったが、閣僚(自民党)や官僚の間で「原子炉搭載艦を首都圏に入れるのは危険だ。〝足の裏〟である佐世保ならよい」という声があがり、佐世保に変更したいきさつがある。

      図3・原潜反対集会

 佐世保では、入港の前年から断続的に反対運動が続いた。9月1日には西日本大集会が鹿子前広場で開かれ(約8万人)、中心部まで延々とデモ隊が行進した。デモの写真は私が住んでいた今福町辺りで、「原潜くるな!」「アンポ反対!」という叫び声が続いていたのを覚えている。

      図2・原潜反対デモ行進

64年8月、米国は「エード・メモアール」という外交文書を発表して「米海軍の原子力艦は安全である」「入港の24時間前には通告する」と約束したのだった。
ところが、米国は「9.11米国同時テロ事件」以降、外交上の約束を破って地元市民に事前通告をせずに入港を繰り返している。

       赤崎岸壁
        (原潜が停泊する赤崎岸壁)

 また、米国の原子炉に係る法律では、「原子炉は民家から500メートル以上離れていなければならない」のに、写真に見るとおり原潜停泊地(赤崎岸壁)の300メートル以内に多くの民家や特老施設がすっぽり入っている。
        避難訓練
        (防災訓練で放射能測定する市職員)

 2002年から佐世保市は、原子力艦の放射能漏れを想定した防災訓練を毎年行っているが、米海軍は「放射能漏れはあり得ない」として訓練への参加を拒否している。だが、02年には「ラ・ホヤ」が停泊中にケーブル火災事故を起こし06年から08年にかけて「ヒューストン」が放射性冷却水漏れ事故を起こしているのだ。
さらに、放射能モニタリングについても重大な「密約」が存在することを、新原昭治氏(核問題研究家)が米国公文書を根拠に指摘している。

          原潜の放射能測定「密約」1
          (長崎新聞08年3月7日付)

 原潜の寄港回数はこれまでに349回(内302回は1990年以降。原子力空母は22回)にのぼるが、諦めることなく原子力艦艇の入港に反対する運動を続けていきたいと思う。

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生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)