芭蕉は隠密だったのか?

 はやくも秋の気配漂う9月になった。気象異変が続き、広島をはじめ各地で被害が続出した夏だった。
興ざめすることから書き始める。--生誕から370年、漂泊の俳人・松尾芭蕉は幕府の〝隠密〟だったのか?

            芭蕉は隠密2

 江戸を出発したのが1689年、芭蕉46歳のとき。東北・北陸を経て、大垣(岐阜県)に至る約5か月、600里(約2400キロ)に及ぶ旅に出た。随行したのは、「蕉門十哲」の一人、河合曽良(そら)である。
 紀行文「おくのほそ道」が完成したのは、旅の5年後。ところが、曽良が旅の行程を記した日記と泊った場所や滞在日数が多数異なっていたという。芭蕉の出身が忍者で有名な伊賀市であったこともあり、幕府の隠密として情報探索が目的の旅だったとの説が論じられるようになったというのだ。

           芭蕉は隠密?

 旅の目的は何だったのか?芭蕉隠密説を唱える光田和伸・国際日本文化研究センター准教授は、一つは外様の雄藩・仙台藩の探索とみる。もう一つは、幕府が隠密を使って全国の大名243人の実態を調べ上げたとされる書物「土芥寇讎記(どかいこうしゅうき)」に関わる仕事だ。

 曽良は晩年、全国の政情や民情を査察する幕府の巡検使の随員になっている。「曽良が隠密であることをカムフラージュするためには、芭蕉という風雅なる俳諧宗匠を連れていくのはうまい方法だ」(作家・嵐山光三郎氏談)。
 芭蕉は1694年、大阪で病気になり亡くなっている。
 --以上、朝日新聞(8月31日付)による。何か、芭蕉にもっていたイメージが崩れて別人のように思えてきた。

          里見黄門2

 そういえば、水戸黄門の場合は全国行脚などしているはずもなく、江戸と水戸の間を往復していたに過ぎない。昔の映画では助さん格さんのお供連れだが、TVではうっかり八兵衛や風車の弥七などが加わって実に賑やかになっている。ひと頃は由美かおる演じる入浴シーンが話題になったものだ。
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生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)