池澤夏樹「弱者の傍らに身を置く今上天皇」に想う

 私が衆議院議員の時、天皇・皇后両陛下を間近に見る機会があった。2002年、佐世保で「全国豊かな海づくり大会」が開催された時だ。

     33回大会・熊本。歌碑
   (第33回全国豊かな海づくり大会・熊本。歌碑)

 地元選出の国会議員や首長らが同席して、稚魚を海に放出するセレモニーである。天皇が挨拶するのだが、文面は宮内庁の役人が準備する。ところが、このときは「私が子どものころ、『干潟の…』という映画を観て感動しました」と言って、6、7回も干潟の大切さに言及されたのが印象に残った。いかにも生物研究者らしい自らの言葉だった。

 金子原次郎長崎県知事はこの天皇挨拶にすっかり狼狽して、「『諫早干拓』に言及された訳ではありません」と緊急記者会見を開いたのだった。
 私は思わず苦笑しながら、その日のホームページでいきさつに触れつつ、「天皇を身近に感じたご挨拶だった」と感想を書いたら、一部の人から〝天皇擁護〟なのかと批判をいただいたものだった。

     池澤夏樹1
      (池澤夏樹)

 ところで、朝日新聞の批評コラム池澤夏樹の「終わりと始まり」は毎回読んでいるが、8月9日付の天皇観察が興味深かった。長くなるが次のような内容だ。
――「天皇」はずいぶん特異な王権である。天皇の責務は第一に神道の祭祀であり、その次が和歌などの文化の伝承だった。国家の統治ではない。だからこそ、百代を超える皇統が維持できたのだろう。
――やがて維新が起こり、ヨーロッパ近代が生んだ君主制が接ぎ木される。グローバルな戦争の果てに、昭和天皇は史上初めて敗者として異民族の元帥の前に立たされた。

――今上と皇后の両陛下は7月、宮城県のハンセン病療養所「東北新生園」を訪れられた。6月、沖縄の学童疎開船「対馬丸」記念館を訪れられた。昨年10月、水俣に行って患者たちに会われている。東日本大震災については直後から何度となく避難所を訪問して被災者を慰問された。
――憲法のもとで天皇には政治権力はなく、言論という道具を奪われている。しかし、その思いを行動で表すことはできる。
80歳の今上と79歳の皇后が頻繁に、熱心に、日本国中を走り回っておられる。訪れる先の選択にはいかなる原理があるか?

      天皇と皇后

――みな弱者なのだ。責任なきままに不幸な人生を強いられた者たち。何もわからないうちに船に乗せられて見知らぬ内地に運ばれる途中の海で溺れて死んだ800名近い子供たち、日々の糧として魚を食べていて辛い病気になった漁民、津波に襲われて家族と住居を失ったまま支援も薄い被災者。
――今の日本では強者の声ばかりが耳に響く。それにすり寄って利を得ようという連中のふるまいも見苦しい。経済原理だけの視野狭窄に陥った人たちがどんどんことを決めているから、強者はいよいよ強くなり弱者はひたすら惨めになる。

――今上と皇后は、自分たちは日本国憲法が決める範囲内で、徹底して弱者の傍らに身を置く、と行動を通じて表明しておられる。
 これほど自覚的で明快な思想の表現者である天皇をこの国の民が戴いたことはなかった。

 以上は、『古事記』の現代語訳をやり終えた池澤夏樹の感想である。私は、「天皇制」についてはすみやかに廃止すべきだという考えに立つが、一人の人間としての今上天皇と皇后については大いに興味と好感を持っている。また、ご批判をいただきそうだが・・・。
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生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)