「東大紛争秘録」と佐大闘争

 先月末のNHKドキュメント現代「東大紛争秘録~45年目の真実」を興味深く観た。当時の教授たちの紛争に係る極秘座談会の議事録(600頁)が某教授宅に保存されていたのをNHKが入手した“第一級資料”のドキュメントだ。

     東大・安田講堂の攻防
      (東大紛争~安田講堂の攻防。69年)

 「東大」というネームバリューと「安田講堂の攻防」の派手さには負けるけど、一票投票による118日間の長期ストライキを闘った「佐賀大学闘争」(67~68年)の方が優っていると思った。学寮の電気・水道料金の負担を巡る学生自治会と大学側との交渉に端を発する闘争であった。当時の文部省や大学当局が脅威を感じたのは、発煙筒などで暴れた外部の過激勢力ではなく、三池闘争を手本にした大衆的な学生闘争であった。

      67.6.27全学ストを決議した総決起集会 - コピー
      (全学ストを決議した総決起集会。67年6月27日)

 結局、文部省・大学当局は機動隊導入によってストライキと大学自治を破壊した。教授陣の中にも異論があった処分の乱発(三次にわたって、退学22人・停学19人・訓告2人)と学内への機動隊導入によって、「佐大方式」という不名誉な呼称を得たのだった。おかげで私は、逮捕・長期拘留の末「無期退学処分」で大学を追われるハメとなった。三池闘争を指導した向坂逸郎・九大名誉教授が説得に来たのを玄関払いした田中定学長(故人)は、マルクス経済学者だったから皮肉なものだ。

       67.10試験阻止闘争に機動隊導入 - コピー

 私を含む8人が「教授監禁」などを理由に起訴され、長期裁判の末73年1月、5~3か月の実刑(執行猶予1年)判決が下された。
 学生側の闘争記録には、「弾圧に抗して」「闘争20周年記念誌」や裁判闘争記録などが保存されているが、東大のように大学側にも「議事録」が必ずあるに違いない。当時の教授たちは殆ど他界されているが、なんとか探し出したいと思う。

      佐賀地裁前での抗議集会 - コピー
       (佐賀地裁前での抗議集会。)

 念のために佐賀大学のHPを検索していたら、「佐賀大学美術・工芸小史」に目がとまった。なんと!--「美術・工芸教室の学生ではないが、最近、処分され二度と佐大に戻ることがなかった学生の中から国会議員が誕生したが、佐大を愛する気持ちは今も変わらないそうである」と記述されている。
「最近」というのは11~12年前のことで、当時の学長が議員会館の僕の部屋を訪ねてこられて、「佐大史上初の国会議員であるあなたを誇りに思います」と言われたのを覚えている。心の中では「不名誉な退学処分を取り消してくれ!」と叫んでいたけど・・・。

弾圧に抗して。闘争中間総括 - コピー 79.6裁かれるべきは誰か、最終号 - コピー


 数十年ぶりに闘争資料を読み返し、亡き両親に大変な心労をかけたものだと申し訳なく思う。何としても、極秘資料を探し当てて、NHKドキュメント現代の企画に載せたいものだ。
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今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)