トランプ氏提唱の「米軍駐留経費」問題を考える

 トランプ氏は米大統領選で「日本は米軍の駐留費を全額負担せよ」、「それができなければ、米軍を本国へ引き揚げる」と繰り返し主張した。来年1月に大統領に就任したら、実行するのだろうか?米軍基地に反対、賛成両派とも固唾をのんで見守っている。この問題については、半田滋氏(東京新聞・論説委員)の解説を紹介してみる。まずは日本の負担額について。

  米軍が日本の「傭兵」になる?

 米国防総省によると、02年度に日本が負担した米軍駐留経費負担額は44億1,134万ドル(5382億円、1ドル=当時の122円で計算)とされ、同盟国27ヵ国中でダントツの1位だ。ドイツの2.8倍、韓国の5.2倍もの巨費を投じている。現在の負担額をみると、16年度の日本の防衛費のうち在日米軍関係経費は施設の借料、従業員の労務費、光熱水料、施設整備費、周辺対策などの駐留関連経費が3,772億円、沖縄の負担軽減を目的とする訓練移転費などのSACO関係経費が28億円、在沖縄海兵隊のグアム移転費、沖縄における再編事業などの米軍再編関係経費が1,766億円で、これらの総額は5,566億円だ。
 自衛隊を増強して自主防衛を図ろうにも、年間5兆円の防衛費にとどまる日本が、60兆円近い軍事費をかけている米国と同じ戦力を持つのは不可能に近い。米軍駐留費をめぐる負担増は日本にとってマイナスだけではない。必要経費の全額負担により、米軍は限りなく「日本の傭兵」に近づくことなる。
 もともと米軍駐留の根拠は日米安全保障条約にある。ざっくりいえば、この安保条約により、米軍が対日防衛義務を負う一方で日本は米軍に基地提供する義務を負う。


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  米軍を最大限利用する

  安倍政権が「安全保障関連法」を制定して米国の戦争に自衛隊が参加できるようにした理由は「米国から見捨てられる」という恐怖があったため、とされている。アジア回帰を標榜しながら、実効性がともなわないオバマ政権に対して「しがみつき」にかかったというのである。
 改定ガイドラインと安保法によって「米国の便利」を図り、さらに米軍駐留費の全額負担に踏み切るとすれば、その見返りとして、尖閣有事の際にも対日防衛義務を果たすよう確約を求めても理不尽ではない。
 次に日本側は「(在日米軍は傭兵化するのだから)勝手に出撃・出動するのはやめてほしい」と求めるべきだろう。日本人のための米兵となるのは当然である。沖縄の基地にみられるような猛毒のダイオキシン、PCBによる汚染などはもってのほかであり、日本側の裁量による基地への立ち入りを受け入れてもらうのは論を俟たない。早朝、深夜の軍用機の離発着も日本側の許可がない限り、認められない。
 ビジネスマンの目でみれば、日本よりも中国を重視したほうが、経済的にはメリットが大きいということがわかるはずだ。15年の中国の統計によると、米国への輸出は中国市場の18%を占めて第1位となっているが、米国からの輸入は8.9%で第4位に過ぎない。米国の統計をみても対中貿易は2,576億㌦の赤字だ。中国はため込んだドルで米国債を購入しており、世界一の米国債保有国となっている。
 経済的に依存し合う米中両国が無人島でもある尖閣諸島の取り合いをめぐり、自国の国益を損なうような挙に出るだろうか。


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  なぜ米軍は日本にいるのか

 そもそも米軍はなぜ、日本にいるのか。外務事務次官、駐米大使を歴任し、「ミスター外務省」と呼ばれた村田良平氏が2008年に上梓した『村田良平回想録』の中で、答えが示されている。安保条約について述べたくだりを引用してみよう。
――「1952年4月発効のいわゆる旧安保条約は、日本を占領している米軍が、敗戦とともに主に占領目的で抑えていた日本国内の諸基地のうちこれはというものを、そのまま保持することを合法化する目的でのみ締結されたものであるといえる。
1960年の現行安保条約は、いくら何でも旧安保の内容はひどすぎるとして改訂を求めた日本側の当然の要求にもとづいた交渉で、米国が最低限の歩み寄りを行った結果である。
 この条約もその本質において、米国が日本国の一定の土地と施設を占領時代同様無期限に貸与され、自由に使用できることを骨格としていることは何人も否定できないところである。これらの基地の主目的は、もとより日本の防衛にあったのではなかった。
「思いやり予算」の問題の根源は、日本政府の『安保上米国に依存している』との一方的思い込みにより、その後無方針にずるずると増額してきたことにある。
 米国は日本の国土を利用させてもらっており、いわばその片手間に日本の防衛も手伝うというのが安保条約の真の姿である以上、日本が世界最高額の米軍経費を持たねばならない義務など本来ない」。
 米国が転換点に立つのに「米国と価値感を共有する日本」(政府見解)が現状追認でいいはずがない。トランプ・ショックは日本に再出発の機会を与えている。


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ソマリア沖海賊対策への護衛艦派遣は無意味だ!

  ソマリア沖での海賊対策のため、今月20日、海自佐世保基地から護衛艦「きりさめ」が出港した。これまでの2隻派遣から初めての単独派遣となった。
 海自の派遣実績は、697回3709隻である。(外務省ホームページ)
 政府は縮小理由について、「海賊発生件数の減少」と説明する。実際、ソマリア沖の海賊発生件数は2011年の237件をピークに激減し、15年は0件、今年上半期も1件のみだ。

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     (ソマリア沖の海賊と統合任務部隊)

 しかし、深刻な理由は別にある。「中国海軍への警戒、北朝鮮のミサイル発射、海賊。3正面に対応するには、海賊に回す船を減らす必要があった」(海自幹部)のだ。
 海自が保有する護衛艦は46隻。そのうち海賊対策に従事するのは、26隻。ただ、大規模修理や訓練期などを踏まえれば、すべての護衛艦が稼働できるわけではない。

 振り返ると、テロ対策を理由に補給艦やイージス艦などをインド洋に派遣した当時、私はテロ特別委員会で「4隻のイージス艦は領海・領空防衛に必須の艦船ではないのか。海外派遣に使うと〝穴〟が空くのではないか?」と問い質したが、石破防衛相は返答に窮したものだった。

     護衛艦の活動
     (民間船舶を守る護衛艦)

 海自が海賊対策に乗り出したのは、2009年3月、「海上警備行動」を名目とした。同年6月、いわゆる「海賊対処法」が成立すると、日本以外の民間船の護衛も可能となった。
 11年6月、ジプチに活動拠点を置いて(初めての海外基地)P3Cなどを運用している。13年12月からは、「連合任務部隊(CTF151)」に編入されて行動している。

 海賊激減を認めながらもなお護衛艦を派遣するのは、全く税金の無駄遣いだ。むしろ、各国漁船の違法操業が今なお相次ぎ、海が荒らされて海賊が再び増えているという。
 ソマリアの漁民たちが漁で生活できるように、漁場の乱獲を取り締まることこそ必要ではないのか。

路線廃止、無人駅化で地方の疲弊が進む

 国鉄の分割・民営化からやがて30年。全国的に「不採算の路線」は廃止されて、第三セクターやバスに切り替えられた。駅の無人化なども進み、お年寄りや高校生が苦労している。
 とくに、JR北海道は全路線の約半分にあたる10路線13区間は「単独で維持できない」と発表した。
苦境のJRは自治体に支援を求めるが、財政難に喘ぐ自治体にその余裕はない。

    廃止路線の推移
    (図:朝日新聞 11/19付)

 佐世保では、戦争に欠かせない石炭を県北地域の炭鉱から輸送するため、路線が佐世保まで延伸されたのだった。
国鉄時代、線路には蒸気機関車が黒煙をあげて走り、多くの鉄道マニアがカメラを構えるのどかな光景が見られたものだった。

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 国鉄民営化後、佐世保では松浦鉄道(MR)が運行しているが、青息吐息の状態だ。
 そもそも当時、国鉄の赤字の原因は「戦地から引き揚げてきた労働者」を大挙雇い入れたからだ。
 ところが、中曽根政権は「赤字解消」を理由に国鉄を分割・民営化した。その後、中曽根は「実は、国鉄労組を潰すためだった」と本音を吐露したのだった。

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 このような状況下、赤字覚悟で新幹線を地方にもってくるのは、もってのほかだ。
長崎の「フリーゲージ」方式は実験段階からうまくいかず、仮に運行できたにしても遥かに先にずれること必至だ。ところが、せっかちに新幹線用の新駅建設を進める自治体や財界などは「フル規格」路線を求める有様だ。国も自治体も借金漬けなのに、莫大な建設費用はどうするのか?

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 いったい、この国はどうなっているんだろう?!

「駆けつけ警護」閣議決定ーー「交戦するPKO」下での陸自派遣は無謀だ

 政府はきょう、南スーダンPKOに派遣する陸自部隊に、新任務「駆けつけ警護」付与を含む実施計画を閣議決定した。
 「改正PKO法」に基づく新任務付与は、安保法の本格運用の第一歩となる。

 しかし、南スーダンでは7月に政府軍と反政府勢力の大規模な戦闘が発生。このため政府は、出動範囲を首都ジュバ周辺に限定し、「他国軍人を『駆けつけ警護』することは想定されない」と強調。実施計画では新たに撤収規定を設けるなど、活動要件を厳格化する方針だ。

     駆けつけ警護のイメージ

 ここでは伊勢崎賢治氏の見解を参考に示しておきたい。(朝日新聞 11/15付)
伊勢崎氏は〝武装解除人〟と自他共に認めるとおり、アフガンなどで紛争処理に力を尽くしてきた。
――1992年にPKO法が成立してから約四半世紀がたち、国連PKOの役割が様変わりしたことが十分考慮されていません。
 いまPKOの最も重要な任務は、紛争現場で武器を使ってでも住民を保護することです。100万人もの犠牲者を生んだルワンダ虐殺(1994年)をきっかけに、1999年、アナン国連事務総長は、任務遂行に必要ならば、PKOが「紛争の当事者」になって「交戦」することを明確にしました。
 もはや停戦合意の有無は関係なく、住民保護のためには中立の立場を放棄することもあるし、武器使用も必要最小限とは言えなくなりました。
 「交戦するPKO」の登場で、日本の5原則は意味をなさなくなったのです。

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     (伊勢崎賢治氏)

――南スーダンの自衛隊は、施設部隊です。「駆けつけ警護」が付与されても、国連司令部が自衛隊に、歩兵部隊がやる能動的な警備任務をさせることはまずありません。
 しかし自衛隊の宿営地に南スーダン政府軍に追われた住民が助けを求めたら、住民を追ってきた政府軍と交戦になるでしょう。
 自衛隊員が、過って住民を撃ってしまったらどうなるのか。憲法9条は交戦権を認めていないので、日本には軍法も軍事法廷もありません。自衛隊員の責任をどう問うのか、国際問題になるでしょう。

――交戦するようになったPKOの現場に「交戦できない」自衛隊を送る。憲法とPKOの矛盾を取り繕うことは、もはやできません。
 憲法と矛盾しない代替策が必要です。まず国連PKOへの財政支援、また非武装の軍事監視団に自衛隊幹部を派遣することも必要でしょう。文民警察も派遣して、PKO支持を明確に打ち出すことです。

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     (山本洋氏)

 いま一人、最初に陸自が南スーダンに派遣されたとき、「中央即応集団司令官」として統括責任者を務めた山本洋氏の意見も引用しておく。
――駆けつけ警護について誤解を恐れず言えば、過去のPKOの活動でも、それに近い状況はあったのです。現場の指揮官が法的に許されるぎりぎりの範囲で悩みながら判断してきました。
 自衛隊を海外に派遣する以上、法律の不備を残したまま送り出すのはやめてほしい。

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     (駆けつけ警護の訓練)

――駆けつけ警護は、新たな「任務」の付与と言われますが、過去の経緯に照らせば「権限」の付与ととらえる方が実態に近いと思います。要請があっても、隊員の安全が守れないと判断すれば行かないこともありうるからです。
 自衛隊が国際社会から高い評価を受けているのは、道路や水道などのインフラ整備の任務です。
 南スーダンの情勢は悪化しており、情報収集を強化しUNMISS(国連南スーダン派遣団)司令部と連携して最大限の配慮をすることを政府に求めたい。

 政府はこうした意見に耳を貸すことなく、閣議決定に基づいて陸自部隊を今月20日に派遣する予定だ。

米国大統領選とトランプ勝利の感想

 このところのTV・新聞報道がかまびすしい。――都知事選で自民党を向こうにまわして圧勝した〝小池劇場〟。米国大統領選で大方の予想を覆して勝利した〝トランプ・ショック〟。お隣の韓国では大統領のスキャンダルに国民の怒りが爆発して、辞任寸前の〝朴槿恵騒動〟。
 今回は、米国大統領選について私の感想を述べておきたい。

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 米国はもとより日本のメディアは選挙結果をみて、「番狂わせ」「非本命が逆転」「異端の乱」などの見出しを並べた。
 確かに、ファーストレディーとして振舞い国務長官を務めたヒラリー・クリントン、それに対して暴言を連発し粗暴ぶりを露わにするドナルド・トランプ。選挙前及び選挙戦前半の状況を見る限り、クリントンの勝利を誰もが信じただろう。

     16.11.10朝日・米大統領選・全州の結果

 しかし、現場を取材しようもない私たち国民と違って、メディアは選挙戦の背景や深層をもっとつぶさに取材して、成り行きを予測することはできなかったのだろうか?
 冷戦後に加速したグローバル化の波は、世界中で社会や経済のありようを大きく変えた。米国もその例外ではなく、IT化やグローバル化に置き去りにされた人々の不満と不安は拡大し、政治(家)にすくい上げられることはなかった。

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 そこに、実業家として「大衆の気持ちを読むことに長けている」と評されるトランプが登場し、「イスラム教徒が米国の安全を脅かす」「不法移民が雇用を奪う」と煽り立てて民心を買った。
 クリントンの「メール問題」が大きく報じられたことも加わり、まさしく〝劇的な勝利〟を呼び込んだトランプ。しかし、彼が掲げる「100日行動計画」の各項目を見る限り、とても実現するにはほど遠い。

     16.11.10朝日・「100日行動計画」の主な項目

 日本との関係で二点だけ触れておく。まずTPPは雇用を奪うので止めると公約に掲げた。米ピーターソン国際経済研究所のゲリー・ハフバウワー氏は、トランプ政権下で「TPPは死んだ」と断言する。――いま国会でTPP承認案を採決する予定の日本は〝一人芝居〟とならないか。
 いま一つは「日米同盟」をめぐって、トランプは「(同盟国として)応分の負担をしなければ、日本を守ることはできない」、「在沖縄海兵隊などをグアムやハワイに引き揚げる」と語っている。――ぜひとも実現してほしいものだが、国防総省や国務省の官僚たちがそう簡単に容認するはずもない。

 来年1月に正式就任するトランプ新大統領。日米関係や米中関係をはじめ国際的にどのような影響を与えるのか目が離せない。 
                                              (敬称略)

〝異色の皇族〟三笠宮崇仁さまのご逝去に思う

  昭和天皇の末弟、三笠宮崇仁さまが27日、亡くなられた。
 皇族のことは不勉強でよく知らなかったが、三笠宮(以下、敬称略)は日中戦争の現地で日本軍の行動を厳しく批判し、また戦後は「建国記念日」制定に強く反対された異色の皇族であったことを知った。
 新聞や週刊誌、TVなどのメディアはいずれも、そうした〝リベラルな皇族〟ぶりを詳しく報道している。――その要点を少し書いておきたい。

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――まず、戦争をどうとらえていたか。
 三笠宮は、日中戦争下の昭和18年(1943年)「支那派遣軍総司令部」の参謀として、南京に駐在。そこで、将校に対して書かれた冊子が、「支那事変ニ対スル日本人トシテノ内省」。当時は言論弾圧下なので、皇族である自分があえて発言すると書いている。
 「支那派遣軍は日中戦争の本質の認識や、解決への努力が足りない」。「満州事変・支那事変の主な原因と責任は日本現地軍にある」。「日本は戦闘に勝っても戦争に勝ったとはいえない。蒋介石を抗日に追いやったのは主に日本側に責任がある」。「日本軍の略奪、強姦、良民の殺傷、放火等」と次々に指摘し、戦争中から満州事変以降の日本の軍事行動に対する強い批判を、一貫して持っていた。(元宮内庁参与である三谷太一郎・東大名誉教授の話しより)

     三笠宮、内モンゴルで

――戦争終結、戦争責任、新憲法について。
 1945年8月12日、昭和天皇が戦争終結への協力を求めた皇族会議の席で、三笠宮は陸軍の反省を強く要望。その後、阿南惟幾陸軍大臣が宮さまに降伏の翻意を懇願したが、「陸軍は満州事変以来大御心にそわない行動ばかりしてきた」と応じなかった。
 1946年2月27日の枢密院本会議で天皇退位の必要を示唆する発言をした。
同年6月8日の本会議でも、「満州事変以来日本の表裏、言行不一致の侵略的行動については全世界の人々を極度に不安ならしめ、かつ全世界の信頼を失っていることは大東亜戦争で日本がまったく孤立したことで明瞭である。従って将来国際関係の仲間入りをするためには、日本は真に平和を愛し絶対に侵略を行わないという表裏一致した誠心のこもった言動をしてもって世界の信頼を回復せねばならない。憲法に明記することは確かにその第一歩である」。

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     (朝日新聞 10/28付)

――「紀元節」復活の動きについて。
 2月11日が「神武天皇即位の日」とする紀元節復活運動に対して、三笠宮は歴史学者の立場から学者の会合や論文で反対を表明した。
 「歴史研究者として、架空の年代を国の権威をもって国民におしつけるような企てに対してあくまで反対」と表明。「昭和15年に紀元2600年の盛大な祝典を行った日本は、翌年には無謀な太平洋戦争に突入した。すなわち、架空な歴史を信じた人たちは、また勝算なき戦争を始めた人たちでもあったのである」(文芸春秋59年1月号)。

――「生前退位」と皇室典範について。
 三笠宮とじっくり会話を交わし、「昭和史最後の証人」だと述べるノンフィクション作家・保阪正康氏が(奥平康弘著「『萬世一系』の研究」を参考にしつつ)「サンデー毎日」で短期連載中だ。少し引用しておきたい。

 秩父宮、高松宮、三笠宮の3人の弟宮は、敗戦後の日本社会で、皇室の民主化に率先して動いていた。とくに三笠宮が積極的で、新しい皇室典範案に自らの考えを示し、「生前退位」を訴えていることがわかった。
 新しい皇室典範案である「新憲法と皇室典範改正法案要綱(案)」は、枢密院の審査にかけられ顧問官たちに配布されたが、黙殺されたようだ。

 三笠宮は、「大日本帝国憲法と旧皇室典範がセットになって、大日本帝国下の天皇制をつくりあげてきたのだが、これからは新しい憲法とそれにふさわしい皇室典範がセットになる形を採るべき」と訴えている。
 そして、新しい憲法のもとで皇室典範の改正を行うとするならば、せめて7点については憲法の精神を汲みとらなければならないとして、――国民主権の原則、天皇における国政的権能の欠如、国事行為における内閣の助言と承認、法のもとの平等、華族性の廃止、婚姻の自由と婚姻関係における平等、皇室財産の国有化を挙げている。

     赤坂御用地を散策する三笠宮ご夫婦
     (15年。赤坂御用地を散策する三笠宮ご夫婦)

 「譲位の問題」について三笠宮は、新しい皇室典範に「退位の自由」がないことに強い疑問を呈している。いわば終身在位はきわめて残酷な制度であり、憲法18条に違反しているのではないかとの見方である。
 奥平康弘・東大名誉教授は、「吉田茂首相の皇室典範案の提案理由と保守的な憲法学者らの主張は、天皇という個人的存在が憲法の設定した制度のために犠牲になることを当然の前提にしている点で共通である」、と述べている。
 こうした(奥平の)見方の原点は、三笠宮の視点が出発点になっているのである。

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     (95年、品川区フォークダンス協会の催しで踊る三笠宮)

 なんともすごい皇族がいたものだ。長男の故・寛仁の著書によると、「大学への通勤は、車でなく山手線で。学生食堂ではうどんを食べる。勉強好きで、家族とスキーに行ってもひとりで原書を開く」。
 また、フォークダンスや社交ダンスに親しみ、日本レクレーション協会の名誉総裁などを務めた。

     孫娘の承子・典子・絢子
     (14年8月 軽井沢。孫娘の高円宮承子さん・典子さん・絢子さん)

 軍部などにまつりあげられた皇室が戦争の原動力になる。その危うさを誰よりも知っていた現代史の証人がまた一人去った。
 心よりご冥福をお祈りしたい。  合掌
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今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)