相模原殺傷事件と全盲・全ろうの学者

 障がい者施設「津久井やまゆり園」での殺傷事件(19人刺殺、26人負傷)を受け、関係閣僚会議で安倍首相は「措置入院後のフォローアップ」を検討課題として挙げた。
 これに対して多くの新聞が、「犯行の原因などが明確でない段階で制度見直しに突き進むのは拙速だ」と指摘しているのは、当然だ。

     津久井やまゆり園
    
 特に、毎日新聞は全盲・全ろうの福島智・東大教授の「今回の事件から考えた原理的な問題」という原稿を紹介している。少し抜粋してみると……
――「重度障害者は生きていても意味がない」という容疑者の供述で連想したのは、「ナチス、ヒトラーによる優生思想に基づく障害者抹殺」という歴史的残虐行為である。
 今回の容疑者は、ナチズムのような何らかの過激思想に感化され、麻薬による妄想や狂気が加わって蛮行に及んだのではないか、との思いが心をよぎる。

     植松聖容疑者
     (植松聖容疑者)

――無抵抗の重度障害者を殺すということは二重の意味での「殺人」と考える。
一つは、人間の肉体的生命を奪う「生物学的殺人」。もう一つは、人間の尊厳や生存の意味そのものを、優生思想によって否定する「実存的殺人」である。
 こうした思想や行動の原潜がどこにあるのかは定かではないものの、今の日本を覆う「新自由主義的な人間観」と無縁ではないだろう。

――労働力の担い手としての経済的価値や生産能力で人間を序列化する社会。そこでは、重度の障害者の生存は軽視され、究極的には否定されてしまいかねない。
 つまり、ごく一握りの「勝者」「強者」だけが報われる社会だ。すでに、日本も世界も事実上その傾向にあるのではないか。
私たちの社会の底流に、こうした思想を生み出す要因はないか、真剣に考えたい。

     福島智・東大教授
     (福島智・東大教授)
     
 それにしても、すごい学者がいるものだ。小学生で全盲となり、高校生のときに聴覚も失う。母が、両手の指の関節を点字の突起に見立てた「指点字」というコミュニケーション方法を考案し、よどみなく会話ができるようになった。盲ろう者として初めて大学に入学して、現在、東大の教授、全国盲ろう者協会理事、世界盲ろう者連盟アジア地域代表などを務めている。〝日本のヘレンケラー〟と言うべきか。

障害者を支援するというのでなく、障害者とともに生きる社会をつくっていくということを肝に銘じておきたい。そうした視点から今回の事件をじっくり検証してみたいと思う。
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辺野古は断念せよ!~海兵隊「抑止力」は幻想

 沖縄の普天間基地と辺野古移設に関しては、海兵隊の「抑止力」をどう評価するかがカギとなる。私はすでに、昨年10月14日付の当ブログで「在沖海兵隊は〝幽霊部隊〟だ」と断じておいた。

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     (マイケル・オハンロン氏)

 今回、少し補足しておきたい。
 朝日新聞は7月22日付の記事で「辺野古しかないのか」と題して、三人の論評を掲載している。
 まず、マイケル・オハンロン氏(米ブルッキングス研究所上級研究員)。
――米国がアジアでの駐留を削減して弱体化したと中国に勘違いさせないために、有事の対応能力を高めておく必要がある。
 ただ、辺野古に海兵隊のための新滑走路を建設する計画に対しては、沖縄で強い反対があり困難。法廷闘争などで長引くと、嘉手納の米空軍基地を含む他の拠点の存続まで危険にさらされる可能性がある。
――在沖海兵隊のうち、さらに約5千人を米西海岸に移し、平時の海兵隊員を約3千人にまで縮小する。同時に海兵隊員に提供できる兵器や物資を積んだ事前集積船を日本の港に停泊させておき、有事の際は船を現場に向かわせるのだ。
――また、沖縄の残る海兵隊員の対空能力をフル活用するため、キャンプ・シュワブ内に新ヘリポートを建設。普天間飛行場は閉鎖するが、滑走路は有事のために保持しておく。
 反対運動などの深刻な状況が、本当に抜き差しならない状態に陥る前に、こうした計画変更を行うべき時期にきている。

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     (森本敏氏)

 次に、森本敏氏(元防衛大臣)。
――海兵隊の役割で最も重要なのは、アジア太平洋地域の緊急事態に即座に対応する「陸上兵力」として、抑止機能を果たすことだ。
 海兵隊は不要だという議論は、必ずしも正しくない。地上・航空・後方支援部隊をワンセット自前で持ち、作戦目的を達成できる海兵隊は現代戦に不可欠だ。
――海兵隊が「沖縄」にいなくても抑止力は無くならない。九州南西部辺りに基地があれば、地域全体の抑止力は問題ないだろう。
 ただし、あらゆる訓練ができ、必要な後方支援を受けられ、部隊輸送に必要なオスプレイの飛行場があるという三つの機能が満たされることが条件だ。
 (揚陸艦基地が遠く佐世保に離れているが)現代の軍事環境で海兵隊を投入しなければならない事態は一瞬に起こらない。
――辺野古は以上の諸条件を満たしており、既存の米軍基地からのアクセスも利便性が高い。沖縄の中でも適地はほかに見当たらず、それゆえに「唯一の選択肢」なのだ。

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     (前泊博盛氏)

 もう一人は、前泊博盛氏(沖縄国際大学教授)。
――沖縄で米軍による事件や事故が起きるたびに繰り返される「綱紀粛正」「再発防止」という言葉に実効性はない。根源に「日米地位協定」がある。
 米軍に特権的な地位や基地の自由な管理を認め、治外法権を与えている。特に、相手を支配するよう日々の訓練で刷り込まれた海兵隊員による凶悪事件が目立つ。
――地位協定改定の実現性は極めて低い。日本も同じように不平等な地位協定を海外で結んでいるからだ。
 地位協定の運用は、外務・防衛・法務などの官僚と米軍幹部らによる日米合同委員会で決められている。いくつもの秘密合意、密約が重ねられ、内容は複雑だ。
――協定の「改定」は難しくても、できることはある。たとえば、罰則規定を設ける。規定違反の深夜早朝飛行には「飛行停止1か月」などとする。基地外居住者に住民税を課す。
 あるいは、イタリアやドイツのように国内法を適用できるようにする。
沖縄の現状は、憲法に基づく法治国家ではなく、犯罪の歯止めが利かない放置国家だ。

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 オハンロン氏の考えはある面明快だ。元々、在沖海兵隊の隊員は米本国の第1、第2師団の借り物で、半年おきのローテーション配備だ。軽装備の1個大隊(約800人)で戦争は無理。事前集積船はグアム辺りに配備しておけばよい。ただし、普天間の滑走路は宜野湾市の最大の障害であり返還すべきだ。
 現在、沖縄の米兵人数は約2万6千人、海兵隊(約1万5千人)が3千人程度に減ると沖縄の基地負担は半分以下になる計算だ。

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     (辺野古の海)

 一方、森本氏の主張は米軍のレクチャーを鵜のみにして「抑止力」の虜になっている。海兵隊は緊急事態に即応できる兵力と言いつつ、現代の軍事環境で緊急投入する事態は考えにくい、とも述べており自己矛盾だ。これで防衛相が務まったのかと思うと情けない。
 安保再定義「ナイリポート」の提言者ジョセフ・ナイ元・国防次官補も提言しているように、辺野古は諦めて代替策を検討すべきではないか。

田中角栄ブームとロッキード事件

 このところ〝田中角栄ブーム〟で書店が賑わっている。TVではNHKスペシャルで『ロッキード事件』(1~3部)が放映された。
 今回は、〝田中角栄ブーム〟について佐高信の解説と、「ロッキード事件」について私の回想を少し書いてみる。

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 佐高信の解説はいつもながら分かり易く的確である。以下、「DIAMOND online」(5/23)から要約してみる。
――石原慎太郎が『天才』(幻冬舎)で、田中角栄を称揚しているが、すべての面で対極に位置していた人物だ。
 角栄は憲法改正を急ぐ必要ないと考え、石原は占領憲法と非難している。また、石原は角栄の政的・福田赴夫の派閥に属し、森喜朗・小泉純一郎・安倍晋三に受け継がれるタカ派で、角栄や大平正芳らのハト派とは、特に日中国交回復問題で激しく対立した。

――佐高は早野透との対談集『丸山眞男と田中角栄』を出した。ゼミ生との昼食会で丸山から「田中角栄とはどういう男か?」と尋ねられ、早野は「戦後民主主義の上半身は丸山がつくり、下半身は角栄が支えた」と答えた。
 角栄が日中国交正常化のため訪中する直前、石橋湛山邸を訪れている。湛山は岸信介の反対を押し切って訪中し、周恩来と会って国交回復の足がかりをつくった。

    田中角栄と周恩来
    (田中角栄と周恩来首相)

――中華人民共和国が誕生したとき(1949年)、自民党は「アカの中国とはつきあうな」というグループと、「隣の大きい国とつきあわないわけにはいかない」というグループに分かれた。
 後者の象徴的存在の角栄は72年首相となると、大平外相と共に暗殺を覚悟してまで日中国交回復を成し遂げた。
 石原は、「君、国売り給うことなかれ」(「文芸春秋」74年9月号)と書いて角栄の邪魔をした。その半年後、都知事選に立候補する石原は田中事務賞を訪れて、角栄から「軍資金」をもらっている。

――「田中角栄って人は、世間では金権政治の権化みたいに思われているけど、お金だけであれほど人の心をつかむことはないんですよ」。「角さんは金を使って自分の理想を実現させようとした。しかしいまの政治家は、ただ人を金で釣っているだけでしょう。安倍さんだって、美しい日本の国って言うけど、ただ金をばらまいたって、日本の美しい心なんていうのは取り戻すことはできませんよ」。……これは参議院のドンといわれた村上正邦の発言である。

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 私の場合、田中角栄と言えばやはり「ロッキード事件」である。日中国交正常化、ベトナム戦争終結などの後、冷戦下で〝緊張緩和〟の状況が進んでいた。
 そうした中で、前総理大臣が逮捕されるというショッキングな事態が生じた。全日空の旅客機導入選定に絡んだ事件で、大物右翼の児玉誉士夫や政商・小佐野賢治らが暗躍した。
 当時は、関係する本を手当たり次第に読み漁った覚えがある。週刊「ピーナツ」という手作り新聞が発行されて評判となった。

     週刊「ピーナツ」

 米国側から告発されたこの事件、実は、民間旅客機を隠れ蓑にした軍用機「P3Cオライオン」(ロッキード社製)の売り込みにあり中曽根康弘こそ〝本命〟と言われたが、検察側の捜査は民間機「トライスター」に限定された。
 また、ソ連やアラブ諸国などエネルギー資源の直接調達を進める田中首相の追い落としを狙った石油メジャーと米政府の陰謀だったとする説。あるいは、中国と急接近する田中首相(〝トラの尻尾を踏んだ〟と形容された)を快く思っていなかった米政府が角栄を排除したとの説などが飛び交った。
 角栄の娘・眞紀子は、「父・角栄は米国の謀略にやられた」と公然と語っていた。

     田中真紀子

 話しは飛ぶが、その眞紀子が外務大臣のとき、私が委員会で「日中国交回復を実現した田中角栄は、戦後政治史で大きな功績を遺した」と褒めあげたら、満面の笑みを浮かべて喜んだものだった。
 南シナ海問題など中国の居丈高な行動が顕著な現在、日中友好議員連盟などが「対話と協調」を積極的に働きかけていくべきではないか。(自民党の中の〝親中派〟は二階俊博と河野太郎ぐらいか)

参議院選挙を振り返る

 今後の日本の行方が問われた参院選が終わって、すでに12日を過ぎた。
結果は、自公など4党が改憲発議に必要な議席(162)を確保した。(その後、平野元復興相が自民入党により、自民単独過半数となった)

     16.1.1朝日・衆参の勢力図

 選挙結果を巡っては様々な角度から分析・評価されている。私も、「気の抜けたビール」みたいだが、識者たちの評価を引用し率直な気持ちを記しておきたい。

 まず、朝日新聞・世論調査部長の前田直人氏の評論より。
――「与党勝利、野党敗北」という単純な表現ではとらえきれない世界が見えてくる」。「〝無風激戦〟という変な造語が頭に浮かんだ。一人区の東北6県は、秋田を除く5県を野党統一候補が制した」。
――世論調査の結果によると、与党の勝利の理由は「野党に魅力がなかったから」が71%。比例区で民進に投票した人の8割、共産に投票した人の7割までもが「野党に魅力がなかったから」と答えた。
 「まだら模様」の野党再生の前途には、政党のビジョンを明快に伝える力量が問われる。

     16.1.1朝日・主な参院選結果

 次に、「参院選の勝負は半年前から見えていた。野党、いわゆるリベラルに勝ち目は全くなかった」と語るのは、浅羽通明氏(著述業)。
――民主党があの時期に党名を変えるなど言語道断です。「ダレノミクス?」というCM見ても、すべて「安倍」を前提とする「アベ依存症」です。
 改憲など国民の大多数からすれば優先順位の低い観念的課題なのに、国民が何を望んでいるのかが見えなくなっていく。
 与党を攻撃するのに、ただ「違憲!」という葵の御紋を突き付けるワンパターンにハマり、経済や安全保障の現実的政策を生み出す能力が劣化している。

――確実に予測できるのは、団塊世代の要介護者が急増する「2025年問題」です。
 「もう成長なき社会を前提に再分配するしかない。相続税や累進課税を強化して富裕層から撮りますから、消費税アップも認めて!」と訴えれば説得力ありますよ。
――同時にリベラルは、「どぶ板」の地盤を気長に立て直さなくちゃ。09年の民主党勝利も小沢一郎氏のどぶ板選挙が支えた。
 なのに民進党の岡田克也代表は、敗北を全く直視せず現実逃避している。「ダイエットで3キロやせた!」とはしゃぐ人みたい。まずこの甘えぶりに絶望してほしいですね。

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     (朝日新聞 7/22付)

 もうひと方、五野井郁夫氏(高千穂大学教授)の所見。
――野党共闘の成果を否定的に見る人もいるけど、各地の選挙区で10代から30代の市民が共闘を働きかけたのも大きい。
 アベノミクスの実感はないけど、「生活が苦しい自分」を代表してくれそうな政党がない。護憲、立憲主義も大事だけど、それだけでは貧しい人たちはメシが食えない。「この政党が勝てば少なくとも食べていける」と思わせる政党が今の日本に出てきていません。
 生活感の薄い旧来の護憲リベラルではなく、より生活の実感のあるリベラル。こうした動きが、復活の鍵を握ると見ています。

 さて、私の感想を若干述べておきたい。
 政治の現況からみてまずなすべきは、政治のバランスを取り戻すことだろう。そのためには国民から信頼される「野党再編」が不可欠だが、中心となるべき民進党が頼りない。
 旧民主党時代から、疑似自民党と言えるベテラン議員や改憲派議員も多く、「共産と組めば、保守票が逃げる」とか言って、野党共闘の阻害要因となった。
 
 与党側は「アベノミクスは道半ば、さらに前へ進む」と主張したのに比べて、民進党は「3分の2を阻む!」と訴えたが、これは政策ではなく護憲・リベラル派の危機感の表明であり、有権者に響くものではなかった。
戦略を練る司令塔や企画宣伝部局が、自民と民進では雲泥の差があるようだ。

 私が長く関わってきた社民党は、「2議席確保」に躍起となったが果たせず、党首を落選させる結果となった。比例票は約150万票で2001年の約360万票の半分以下に激減している。村山元首相は数年前から、「社民党はもはや限界だ。安倍政治に対抗しうるリベラル結集に力を注ぐべきだ」と訴えており、私も同感だ。

     衆院憲法審査会での主な発言

 さて、秋の臨時国会では、衆参の憲法審査会が動き始める。
 与党の中でも、自公の間にはかなりの温度差がある。自民は「緊急事態条項」などを先行審議して改憲の扉を開く、いわゆる〝お試し改憲〟で野党を分断してくるだろう。
 これに対して「護憲」の側は九条の中に閉じこもらずに、その理念を活かした具体的ビジョンを示すことが求められていると思う。

「遠藤三郎賞」~陸軍中将が戦後「護憲運動」の先駆へ

 朝日新聞の連載記事『新聞と9条』(長沼裁判編)の7/12付に、遠藤三郎の名前が出てきた。
 (※「長沼裁判」とは、1969年、空自の「ナイキ地対空ミサイル基地」建設のため、国有保安林の指定を解除。これに対し反対住民が「自衛隊は違憲、保安林解除は違法」として起こした行政訴訟)
 遠藤三郎の名は、平和フォーラム(旧護憲連合)の全国集会で「遠藤三郎賞」として出てくる。各地で長年、護憲・平和運動に尽力してきた人・団体に贈られる。

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    (ナイキミサイル)

 同記事から抜粋してみる。――7/12付の書き出しは、「長沼裁判の第18回口頭弁論は、元陸軍中将で戦後は平和運動に進んだ遠藤三郎への尋問が続いた」。
(護憲運動を始めた時期は)「朝鮮戦争がぼっ発いたしまして、日本に再軍備の気配が起ったときから、この憲法を守ることをやらなければならんと考えました」。

 (国会の自衛隊法審議で反対論を述べたのは)「基本法である憲法を、もっとも責任のある国の指導者連中がごまかすようでは、国民に遵法の精神がなくなるんじゃないかと、そんなことをやったら日本は法治国としての資格がなくなる。だから……反対しました」。

 (軍備による国防は危険であり有害なものだというお考えは戦後、お持ちになったのか)
「大正の末期、旧軍首脳は仮想敵国を米国、ソ連、中国としたが、作戦計画を作ると、大幅に兵力は不足した。そんな折ジュネーブ海軍軍縮会議で、軍縮の重要性を認識した。だが当時は、日本一国の軍備撤廃は危険だと思っていた」。

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     (陸軍中将・遠藤三郎)

 「戦争の残虐性をいやというほど体験して、……負けたのはくやしかったんですよ。しかし、念願しておった、世界に先がけて軍備撤廃する。これでこそ日本の将来は洋々たるものだということに気がつきまして」。
 「地理的にも、非常に日本は軍備をもって防衛しにくい国であります。細長いですし、奥ゆきがないんですから。」

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    (朝日新聞 7/12付)

 「この憲法を守るのは本当にわれわれ国民だけじゃない。総理大臣が一番先に守らなければならない」。そう語って証言を終えた。
 当時から約半世紀近く、自衛隊に対する国民の認知度は90%ほどに高まったが、総理を始め閣僚・政治家らの憲法遵守義務は〝紙よりも軽く〟なった。
 秋の臨時国会を皮切りに「憲法審査会」の動向から目が離せない。

今上天皇の「生前退位」に思う

 今回の参院選は、新聞・TVなどの事前予測のとおり改憲4党で「3分の2」議席を確保する結果となった。その分析と今後の行方について考えていたら、天皇の「生前退位」のビッグニュースが飛び込んできた。

 話題沸騰の都知事選は14日始まったばかりだが、〝天皇ニュース〟にかき消された格好だ。今上天皇についてはある思い出もあり、憲法九条との関わりも深いので、率直な考えを述べておきたい。

    豊かな海づくり大会
    (稚魚を放流する天皇皇后陛下)

 佐世保市で「全国豊かな海づくり大会」(2002年)が開かれた折、天皇皇后がご出席されて、私も衆議院議員として同席した。その席で天皇はあいさつで、「中学生のころ、干潟に関する映画を観て感動したのを覚えている」と干潟の大切さを何度も強調された。諫早干拓のことを意識されていたかどうか知る由もないが、天皇をとても身近に感じたものだ。
 金子県知事(当時)が夕刻、「天皇さまは、諫早干拓のことをおっしゃったわけではありません」と緊急記者会見を行ったのが傑作だった。

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    (パラオ・ペリリュー島で弔問)

 これまで天皇は、全国のハンセン療養所をすべて訪問し、東日本大震災の被災地や熊本大地震の被災地を訪れて、被災者を慰問されている。
 また、パラオやフィリピンなど激戦地への慰問の旅を続けられてきた。
 つまり、天皇は政治的発言が許されない中で、常に「社会的弱者」に寄り添うことを具体的行動として示されてきたと思う。

    南阿蘇訪問の天皇
    (南阿蘇を慰問された両陛下)

 さて、このような天皇が何かにつけて現憲法の遵守をしっかり強調されてきた。
それに比べて、自民党など保守系が「天皇の『元首化』」を主張するのはいかがなものか?
天皇にとっては〝迷惑千万〟であろう。
「皇室の存続」と「憲法九条」がワンセットである歴史的事実への認識が完全に欠けている。改憲派の政治家たちは、天皇を政治的に利用しているに過ぎない、というのが私の体験上の実感である。

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 安倍首相は女性宮家創設の検討について、「男系でつむいできた皇室の歴史と伝統の根本原理が崩れる危険性がないか、心配する」と語っている。まさに、古色蒼然である。
 今回の天皇の「生前退位」について、原武史・放送大学教授は、「憲法に見合った天皇制がつくれるかを模索した天皇の集大成のようなご決断ではないか」と語っている。
 「皇室典範」や関連法規の改正など簡単にいく話ではないが、冷静に国民的議論を深めるいい機会ではないだろうか。

英国のイラク戦争の検証を評価するーー日本は?

 参院選の投票日まであと1日、結果がとても気になるけど、やはり書いておきたい。

イラク戦争から13年。米英軍の侵攻後に亡くなった民間人は16万人を超える。海外では、オランダや英国など政府から独立した機関の検証が進んでいる。
英国の判断と対応を7年間検証してきた独立調査委員会(チルコット委員長)が6日、「報告書」を発表した。(ブレア元首相ら120人を喚問し、260万語に及ぶ膨大な内容だ)その要旨を綴っておきたい。

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    (朝日新聞 7/7付)

――軍事行動に法的根拠があると決断できる状況にはほど遠かった。従来の「封じ込め」から「フセイン政権打倒」に変質したのは02年4月の米英首脳会談。
 しかも、政権内では「計画や準備について閣僚全体で明確に監視していなかった」と指摘。(米英関係について)「国益や判断が異なる部分で無条件の支持を必要とするものではない」と英政権の姿勢を批判した。

    英・チルコット調査委員長
    (チルコット調査委員長)

――イラク占領を続けた英政府の姿勢も、「課題の大きさと全く合致していなかった」と厳しく批判した。
 戦後のイラクでは、宗派対立や民族対立が高まる中でISが生まれ、隣国シリアに実効支配を広げた。「イラクで軍事行動をとれば、テロ組織の脅威が高まる」との情報機関の警告(03年2月)を掲載している。ISのテロが続く世界の姿を予期したようなものだ。

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    (ブッシュ大統領&ブレア英首相)

――さて、日本ではどうであったか。外務省は12年12月、民主党政権時代に「検証結果」を発表したが、たったの4ページのおざなりな資料だった。
安倍首相は昨年夏の国会で、「悪いのはフセイン政権であって、米英の武力行使は国連決議で正当化されている」と答弁している。
 また、外務官僚らは「人道支援と後方支援のみを行った日本を同列に論じるのは不適切」と語っている。「米国に反対する選択肢はない」ということなんだろう。

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    (ブッシュ大統領と小泉純一郎首相)

 私が議員時代に憤りに満ちた記憶がある。イラク特別委員会で、小泉首相に対して「イラク全土が戦闘地域なのに、自衛隊をどこに派遣するのか」と問い質したら、首相は「自衛隊を派遣する所が〝非戦闘地域〟だ」と、ふざけた答弁をしたものだった。

    大統領宮殿跡のCPU本部
    (イラク・フセイン大統領宮殿前に立つ今川)

 いずれにせよ、安保法制の施行で日本(自衛隊)が戦争の当事者になる可能性はとても高くなった。「米国の同調の求めに、日本は断る術がなかった。問題なのは、日本の外交は日米同盟堅持の方が優位にあることだ」と述懐する山崎拓・元幹事長は語る。

 残念ながら、こんどの参院選で与野党とも、この重大な問題を争点にしなかったことだ。

息子が豪州より帰ってきた

 きょうは七夕祭りの日。参院選の投票日まであと3日。
そんな中、やっと10カ月ぶりに長男(隆、30歳)がオーストラリアから帰国した。
最近、欧州をはじめ各地でテロが横行しているので、他人ごとではなかった。

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    (昨年9月、豪州へ旅立つ)

 教員職を目指しながら、社会的経験を積むことが大切だとの考えで、この7年余りアルバイトで頑張ってきた。豪州行きは「ワーホリ」と称する日系企業の紹介で決めたようだ。予定をはるかに越えて10カ月もの滞在に及んだのは、よほど居心地も良かったのだろう。ちなみに、時給は20豪州ドルで日本の倍だ。

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    (昨年11月、タスマニア島)

 ある時期、豪州唯一の島・タスマニア島に渡って1か月ほど働いたみたいだ。各国から同じような年代の若者が集まって、もめ事もなくすぐ仲良くなって仕事をしたり食事を楽しんでいるのだという。

    12.26受け、バーベキュー
    (昨年12月、みんな仲良くバーベキューを楽しむ)

 今年の教員試験は7月上旬とのことで、間に合わない。当分、アルバイトしながら採用試験を待つつもりなのか。一体どうするのか、親としては気が気ではない。
 まあ、気をもんでみても仕方ない。帰国と長女夫婦の祝いを兼ねた食事会でもして、楽しむとするか。

防衛にも〝安倍旋風〟ーー進む「軍産学協力」と「武器輸出・共同開発」

 参院選をわき目に、科学研究分野にも〝安倍政治の暴走〟が吹き荒れ始めた。武器輸出や軍産学協力が突き進んでいる。新聞記事でも小さくしか扱っていない。
 
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 「デュアルユース」とは民政・軍事両面での技術という意味だ。日本学術会議は、戦時中の反省から「軍事目的の科学研究を行わない」との声明を2度(50年、67年)出している。
防衛省と大学の「技術交流」は12年に始まる。15年からは軍事利用を目的とする公募で直接お金を出す。

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 大学側は、国からの交付金削減で財政事情が厳しく、「デュアルユース」は魅力的という訳だ。
学術会議の検討委は来年初めまでに、「デュアルユース」の科学研究の可否を判断する指標を策定する。防衛省や米軍が提供する研究費への対応についても検討するという。
「武器輸出三原則の撤廃」、「ODAの軍事利用」に次ぐ大改悪だ。

    海自の展示潜水艦

 ところで、日本はこれまで長い間「武器輸出三原則」の関係で、国内で武器見本市を開くことはなかった。
 しかし、武器輸出三原則を撤廃して「防衛装備移転三原則」を決定した一昨年、トルコ・イスタンブールで開かれた『MAST』(英国民間企業主催)に初めて日本企業が参加。そして昨年5月、戦後初めて横浜市で『MAST』が開かれた。

    兵器見本市「ユーロサトリ」
    (朝日新聞 6/16付)

 今年6月、パリで開かれた世界最大級の武器見本市「ユーロサトリ」に、防衛装備庁が初めて専用ブースを出した。
 日本政府はこれまで、米国から武器購入を続けてきたが、最近、様子が変わってきつつあるようだ。

    グローバルホークvsヘロンTP
    (朝日新聞 6/30付)

 無人偵察機は、米国製の「グローバルホーク」を3機導入を決めているが、運用やコスト面での問題点が明らかになったという。維持管理費が毎年100億円を超す(防衛省試算)との結果が出た。
 そこで、イスラエル製の「ヘロンTP」に関心を持ち、イスラエルも共同開発構想を持ちかけているらしい。
 もちろん、米国との関係で簡単にはいかず、またパレスチナ問題を抱えるイスラエルとの軍事協力は中東諸国との関係への影響もあって難しい。

 いずれにしても、安倍政権以前の「武器輸出三原則」があった時代には考えられなかった「武器輸出・共同開発」や「軍産学協力」の姿が鮮明になっている。
 私たちは、もっと克明に追及して国会でも質していく必要がありそうだ。
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生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)