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社民党の衰退と村山首相

 社民党がこれほど衰退した、その原因は「村山富市首相」のせいだ。――長崎新聞の元記者で友人のI氏が、フェイスブックで恨めしく書いていた。
 折しも、朝日新聞の連載『新聞と9条』の「沖縄から」編で、自・さ・社連立政権の頃を書いている。少しばかり抜粋してみる。

――「護憲」の象徴ともいえた社会党の首相、村山富市が「安保堅持、自衛隊合憲」と表明したことは、メディアにも衝撃だった。
 沖縄タイムス記者、長元朝浩は驚きで受け止めた。「沖縄での反戦平和運動の土台を掘り崩すほどのインパクトだった」

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    (朝日新聞 1/19付)

――長元は地元の社会党関係者の動揺を取材した。
ある市議は「魂が抜けたような感じです」。妻からは「こんな社会党なら辞めたらどうねぇ」と言われた。
 同党県本部の戸惑い。自衛隊基地の建設反対運動を続ける本島北部の人たちの失望。そして、安保廃棄・基地撤去を訴えて4年前に当選した県知事・大田昌秀の苦悩。「憲法を大事にし、反戦平和を求める気持ちに変わりはない。沖縄にとって、これだけは譲れない一線だ」と語っている。

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    (朝日新聞 1/20付)

 村山連立政権の発足は1994年6月30日。日本社会党が社会民主党に名称変更したのは96年1月の同党大会であった。
 党員や党支持者らの離反が続出した。その一部は「新社会党」を創ったりした。私の尊敬する元・佐世保地区労事務局長K氏は離党し、その後、石橋政嗣・元中央執行委員長も離党した。

 私が落選後、社民党全国連合の定期大会に出席した折、村山さんが笑みを浮かべながら私のそばに来て、「今川くん、自衛隊は『専守防衛』ってことでいいんじゃろう?」と聞かれて困った。
 こんなお人好しふうのお爺ちゃんに向かって、「そりゃ、ダメですばい!」とはさすがに言いづらかった。「まぁ、そういうことで良かとじゃなかですか」と言って誤魔化したものだった。

       国会前で村山元首相
      (議事堂前で安保法反対を訴える村山富市さん)

 今夏の参院選で、もし党首・吉田忠智が落選し、政党交付金を受けられなくなれば、解党的事態に直面するだろう。そうした事態を見越してのことか、村山さんは最近「社民党はもう限界じゃ。安倍政治に対抗できるリベラル勢力の結集に力を注ぐべきじゃと思う」と述べている。
 社会党の歴史的役割はすでに終わっている。まだ地方組織が残っている間に、新しい政治勢力の結集に向けて頑張ってみたらどうだろう。村山さんの責任を今さら問うてみても意味がない。(敢えて問うとすれば、当時の社会党や自治労・日教組など支持労組である)
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生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)