空母型護衛艦「いずも」~空母4隻を保有する海自

  昨日の報道ステーション・年末SPで、就役したばかりの空母型護衛艦「いずも」の艦内映像が報道された。

    護衛艦「いずも」

 「いずも」は、満載排水量2万6千トン、全長248メートル(新幹線の長さに匹敵)で海自最大の護衛艦だ。オスプレイなど10数機、大型トラック50台収容。手術室など医療設備完備、ベッド1千人分、300人収容の食堂など・・・。この1隻で護衛艦・輸送艦・補給艦・病院船の役割を担うもっぱら海外派遣仕様の「高速多目的艦」だ。
 建造費は通常型護衛艦の約2倍(1千3百億円)と高額だ。

    輸送艦「おおすみ」   
    (水陸両用艇LCACを収納する輸送艦「おおすみ」)

 空母保有は海自にとって長年の悲願であった。その走りは大型輸送艦「おおすみ」(1万4千トン。98年就役)で空母型の船型となった。当時、故・佐々木芳隆さんが「空母保有への第一歩」とAERA誌に書かれたのをよく覚えている。
 防衛庁(当時)関係者は、「甲板が戦闘機の運用に耐えられない」と弁明したが、英国のエアロスペース社が「48時間で運用できる甲板に替えられる」と売り込んだものだ。

 その後、09年~11年にかけて空母型護衛艦「ひゅうが」級を2隻(「ひゅうが」「いせ」)保有した。満載排水量1万9千トン、全長197メートル。ヘリ10機を搭載。
 「いずも」級はもう1隻を建造中(17年就役予定)なので、海自は「ヘリ護衛艦」という名の空母4隻を保有することになる。
 
    ヘリ護衛艦「ひゅうが」
    (空母型護衛艦「ひゅうが」)

 長い冷戦期、自衛隊は保有する武器も〝専守防衛〟に徹してきた。海自は「周辺国に脅威を与えないように、1万トンを超える艦船は持たない」との不文律を守ってきた。
 ところが、最近は「中国の脅威(海洋進出)」を理由に空母型などの大型艦船を相次いで保有し始めたのは、いかにも皮肉なことだ。
 「いずも」の艦長が言う「これまでの護衛任務に日米協力任務が加わります」と。参院選が終わるまでは派手な動きは控えるのだろうが、目がはなせない。


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COP21合意ーー何か胡散臭い

  いまや国際社会で温暖化の〝悪玉〟のようにいわれるCO2。――COP21(国連気候変動会議)では14日、196の国と地域が全会一致で『パリ協定』を採択した。
 しかし、温室効果ガス排出の「実質ゼロ」を目指す新枠組みの前途は、決して明るくない。

  私は、ずいぶん以前から「地球温暖化問題」に何か胡散臭いものを感じていた。
ある時、原発問題に詳しい広瀬隆氏の著書「国際石油戦争」を読んでいて、赤祖父俊一という人物の著書「正しく知る地球温暖化」(誠文堂新光社)を知った。
  さっそく読んでみて、まさに〝目から鱗〟であった。赤祖父俊一氏はアラスカ大教授を経て同大国際北極圏研究センター所長(00年~07年)を歴任した、北極圏研究の世界的権威である。
 以下、赤祖父氏の著書をもとにその主張の要旨を示してみる。

    15.12.15朝日・COP21パリ協定
    (朝日新聞 09.12.15付)

――現在進行中の温暖化の大部分は地球の自然変動であり、人類活動により放出された炭酸ガスの温室効果によるのはわずか約六分の一程度である可能性が高い。温暖化の六分の五は「小氷河期」という比較的寒かった期間(1400~1800年)から地球が回復中のためである。
――現在の温暖化は炭酸ガスが急激に増加し始めた1946年に始まったものではない。温暖化は1800年前後から現在まで連続的に進行しているのである。IPCC(国際気候変動パネル)は彼らの政治目的のため、小氷河期を軽視または無視した。
――IPCCは自然変動を充分研究せず、最初から炭酸ガス排出による温暖化を地球上の重大問題にすることを政治目的にしているため、気候学という学問が歪められてしまっている。
――IPCCの初代委員長は「2020年にはロンドンもニューヨークも水没し、北極圏のツンドラ帯は牧場になる」と予言していた。いわゆる炭素交渉は炭酸ガスが本当に減るわけではないので、狐と狸の化かし合いではないか。

    スティック曲線
    (赤祖父氏著書「正しく知る地球温暖化」より)

――政官民一体となって、「地球温暖化問題」について騒ぎ立てているのは日本だけではないかと思われる。日本の現在の状態は「米国前大統領アル・ゴアを救世主として温暖化狂騒曲で踊っており、報道はその調子を鼓舞して太鼓を叩いている」。
 「日本の将来にとって最も重要な問題は日本のエネルギーと食糧の確保」と指摘して、この後も続くが、省略する。

   2009.12.15北海道新聞(夕刊)
    (北海道新聞。夕刊 09.12.15付)

  この本の第4刷が出た直後の2009年11月、赤祖父氏の指摘を裏付ける重要な事件が発覚した。地球温暖化の根拠とされた「ホッケー・スティック曲線」など肝心のデータが歪曲・改ざんされていた証拠が見つかったのだ。IPCCの中心的な研究機関である英国・イーストアングリア大気候研究所(CRU)での出来事である。

    2009.12.15北海道新聞(夕刊)2
    (北海道新聞。夕刊 09.12.15付)

  この重大な事件は、米国の大統領盗聴事件「ウォーターゲート事件」になぞらえ、「クライメートゲート事件」と呼ばれた。
 赤祖父氏は言う。「CO2原因説も一つの仮定として認める。IPCCが温暖化の原因はCO2などの温室効果ガスと決めつけ、他の理論を排斥したり、発表を阻止したりしようとすることが問題なのだ」。

  もう一つ、本書の中では、温暖化=CO2を出さない原発推進という理屈には国際的な「原発カルテル」があるのではないかと疑ってしまう、との鋭い指摘があったことも付け加えておきたい。

光武顕・佐世保市長誕生から20年、愉快な懇親会

 一年ぶりの「光武懇親会」(12/15)。――光武顕佐世保市長が誕生してからちょうど20年。光武さん(84歳)が格別の思いできょうの懇親会を呼びかけられた。

 集まったのは、連合・佐世保地協の幹部ら6人(あと一人は脳梗塞を患って欠席)。地協結成から数年後市長選挙に直面して、敗勢だった「光武顕」候補を応援し、3万3千票の大差で見事に当選させたのだった。県内の首長選挙で労働団体が勝利に導いた初めてのケースだった。
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    (光武顕・元市長と)

 連合地協内部では、――光武支援にまわるSSKと同労組、対立候補の宮内雪夫氏を支援する西肥バスグループとの確執。地区労では、石橋政嗣・元衆院議員のライバルだった光武候補の支援をめぐる確執などが渦巻いた。

 さらに、連合長崎では、萩雄二会長(当時)のお膝元・三菱重工業は宮内雪夫氏を支援しており、光武支援の佐世保地協に相当の圧力をかけてきた。
巨大企業・三菱の影響力は大きいものであったが、「佐世保の首長は、佐世保市民が決める」との毅然とした地協の支援体制が「光武顕」を勝利へと導いたと言ってよいだろう。

 光武市政3期12年、とくに米軍基地と福祉問題に全力を傾けられた。また私の衆院選挙では、ご夫婦そろって公然と応援していただいた。
 私が入院中も、何度となくお見舞いに来られて「あんたがいなくなると、政治談議をする相手がいなくなる。早く良くなってくれ」と励ましていただき、目頭が熱くなったものだ。

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 来夏の参院選についても、確かな情報と考え方を示されていた。いまは民主党びいき、大いに結構だ。協力し合ってより良い政治を切り開いていきたいものだ。

篠崎正人・リムピース編集委員の戯言に物申す

 年末になると、新聞やTV各社は競って「年末特集」を組む。
 特に、今年は〝戦後70年〟に因む企画が多い。私も、長崎新聞の連載(11/29付)で「エンプラ闘争」を振り返ったことは、このブログ(12/7)に書いた。

    15.12.12西日本・水陸機動団の用地売買
        (西日本新聞 12/12付)

 ところが、西日本新聞(12/12付)と朝日新聞(12/13付)で、米軍監視団体『リムピース』の篠崎正人・編集委員のコメントには驚き、呆れ果てた。
 まず西日本新聞では――陸自・西普連が中核となる新設予定の「水陸機動団」。その水陸両用車の配備先は崎辺地区である。その用地売買が成立したことに関して、篠崎氏は「民間の産業用地だった場所を機動団が使う以上、周辺に産業が根付くよう国が努力すべきだ」と注文をつけた。

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    (水陸両用車の配備予定箇所)
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    (空母型護衛艦などの岸壁予定箇所)

 崎辺地区には、空母型護衛艦などが接岸できる岸壁の造成計画もあり、既存の海自・教育隊と合わせて自衛隊の占有地区となりそうだ。
 周辺に産業が根付くようにとの注文は、まさしく自衛隊関連産業を奨励しているのも同然である。
 
    15.12.13朝日・佐世保と基地5 - コピー
    (朝日新聞 12/13付)

 さらに、朝日新聞では――「佐世保と基地」シリーズの5回目。具志堅直支局長は、アメリカンフェスティバルが13年ぶりに復活したことや海自の護衛艦カレー・GC1グランプリを紹介して、「60年代の米原子力艦の寄港反対運動で、米軍と対峙した当時の面影は残らない」と、日米親善・友好を称賛している。
 そこで、基地と地域浮揚策との関係を問われた篠崎氏は、「観光、消費にとどめず、新たな雇用のエンジンとなりうるかどうかという総合的な観点からも、市は産業の創出を含めた政策を市民に示すべき」と語っている。

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 朝長則夫・佐世保市長はきっとこう言うだろう。「米軍基地では1500人もの日本人従業員が働いている。また、米軍と自衛隊の年間消費は約800億円で、市の予算に匹敵するほどである」と。
 また、商工会議所などは、「新設される水陸機動団は1500人規模であり、その家族も含め雇用と経済効果は大きい」と言っている。

 篠崎氏は要するに、米軍や自衛隊に大いに依存した産業育成と雇用拡大を〝お勧め〟なさっている訳だ。この上ない戯言、恥さらしもいい加減にしてもらいたい!
 基地反対運動を続ける私たちにとって必要なことは、港の平和活用や地域経済のあり方など「基地なきあとのビジョン」を提示することにあるはずだ。

「エンプラ闘争」を振り返る

  先月29日、長崎新聞に私のインタビュー記事が全紙大で載った。
 戦後70年の企画で「あの頃を語る」として、米原子力空母「エンタープライズ」寄港反対闘争を振り返って語るものだった。
右側の紙面には、「長崎県の歩み」その②(1955年~69年・高度経済成長期)として相次ぐ炭鉱閉山や食品公害の問題化などが記載されている。

     エンプラ闘争
     (長崎新聞2015年11月29日付)

 空母「エンプラ」が佐世保に寄港したのはベトナム戦争のさなかの1968年だから、約半世紀前の大事件・闘争であった。当時の闘いの中心にいた労組幹部の殆どは他界されて、あの壮絶な闘いを経験し語れる人物は佐世保で何人もいない。
取材にきたK記者はまだこの世に生まれてもいない時代の出来事である。

 私は、たまたま佐賀大学の学生自治会の農学部委員長として、初めての街頭闘争を経験することになったのだった。
振り返ると、ヘルメットと角材で武装した過激な「三派全学連」と機動隊との〝流血の死闘〟が脚光を浴びたが、佐賀大自治会約300人の部隊は素手で機動隊に立ち向かった。
当時、地元の地区労や社会党は現地闘争本部をつくり、総評や社会党中央に働きかけて全国闘争を展開したのだった。

     図1・佐世保橋の攻防2
     (佐世保橋での激闘)

 最後には、素手の市民たちが機動隊に対峙して鉄条網などのバリケードを解除させたのである。後にも先にも佐世保でこれほどの闘い・騒乱はなかった。この「エンプラ闘争」は、安保や基地、核問題の問いを市民に突き付けたものであった。
この闘いがきっかけとなって、「19日佐世保市民の会」という反核平和を訴え続ける市民団体が誕生した。

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     (退役した空母「エンタープライズ」)

 佐賀大学では、この「エンプラ闘争」に先立って講堂撤去と学寮費(電気・水道)値上げに反対するストライキ闘争が始まっていた。
私の人生の大きな転機となった二つの闘いとなった。

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      (全学ストライキを決議した総決起集会 1967年6月)

 沖縄が本土復帰するのは「エンプラ闘争」の4年後(1972年)のことであるが、いま沖縄は辺野古新基地建設を巡って、翁長知事を先頭に国と全面対決の闘いに立ち上がっている。
安倍政権は、憲法を蔑ろにし沖縄に犠牲を強いて、米国と共に海外で戦争できる国へと大きく舵を切ろうとしている。戦争と平和、いずれの道を選ぶのか私たち一人ひとりの意思が問われている。

久しぶりの五島(福江)で講演

 五島・福江市に来たのはたしか14年ぶりになる。私が議員で参議院選挙の候補者・光野有次さん(無所属)の応援に来て以来だ。

 今回は、連合長崎の五島地協主催の「安保法」学習会に招かれて来島したのだった。新上五島は佐世保から直接高速船で行けるが、五島は長崎経由なのでいささか不便だ。福江までジェットフォイルで約1時間30分ほどである。

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    (ジェットフォイル「ペガサス」)

 学習会を開くきっかけは、10月下旬に陸自・西普連が福江で初めて「離島奪還訓練」を行って、組合員や市民の間に危機感が生じたことのようだ。
 連合がこの種の学習会を開くのは珍しい。五島では元地区労と連合地協がいわば〝融合〟状態にあり、自治労などの地区労系が主導権を握っているらしい。

    福江島で離島奪還訓練
    (福江島で離島奪還訓練をする西普連)

 約90人ほどの組合員の皆さんが集まってくれた。講演は約1時間。前日(11/29)の長崎新聞に戦後70年企画の一環として『エンプラ闘争』を振り返る私のインタビュー記事が載った(全紙大)ので、ベトナム反戦~70年安保闘争から始めた。約半世紀近く前の闘いなので、視聴者のほとんどは生まれる以前の出来事だ。

 次に、パリの同時多発テロ事件。――「9.11米国同時テロ事件」の首謀者アルカイダよりも残忍なIS(「イスラム国」)を生み出したのは、イラクの混乱が「父親」でシリアの内戦が「母親」だとする評論を示しておいた。
 
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 本題に入り、――集団的自衛権の意味、新たな日米ガイドライン(戦争マニュアル)とそれを法的に裏付ける「安保法制」、そのことによって自衛隊の行動範囲が地球規模に拡大し海外での武力行使が可能となること。とくに、自衛隊員の〝戦傷・死〟が現実のものとなることを想定した訓練や処遇が検討されていること。また、「水陸機動団」をはじめ任務の拡大に伴なう装備の導入などで防衛費は格段に膨張して、消費増税となって国民負担が増大することを強調した。
 
    DSCN0808.jpg

 最後に、憲法第九条(非武装)と「世界連邦」構想は不可分のものである、と締めくくった。

    PC010006.jpg

 講演後は、役員の皆さん方と五島の新鮮な刺身と芋焼酎をいただきながら懇親を深めた。
五島(福江)は私のご先祖の地である。前回訪れた時は、亡き父と従妹にあたるS子叔母さんと会うことができたのだった。
 朝方の太陽がとてもきれいで、しばし海を眺めながら五島をあとにした。

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今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)