マスコミ潰せと叫ぶ自民党若手議員と百田尚樹

 何とも恐れ入った!自民党の傲慢と〝劣化〟も極まれりだ。自民党の安倍首相に近い若手議員らが2日前に開いた勉強会でのことである。

――「マスコミを懲らしめるには、抗告収入がなくなるのが一番。経団連などに働きかけてほしい」。「沖縄の特殊なメディア構造を作ったのは戦後保守の堕落だ。サヨク勢力に完全に乗っ取られている」。いずれも出席議員らの発言だ。

    自民党で百田が暴言

――さらに、講師として招かれた作家の百田尚樹(前NHK経営委員)は、「沖縄の二つの新聞は絶対つぶさなあかん」「米兵が犯したレイプ犯罪よりも、沖縄人自身が起こしたレイプ犯罪の方が、はるかに率が高い」「普天間基地は騒音がうるさいが、そこを選んで住んだのは誰や」などと発言したという。
 沖縄の歴史に全く無知なことに唖然としたが、百田は朝日新聞の取材に応じて「講演後の雑談のなかでポロッと出た軽口で冗談のつもりだった」と語ったらしい。

     15.6.27朝日・報道規制を
     (朝日新聞 6/27付)

 自民党は、安保法制国会への悪影響を心配して木原稔・党青年局長を更迭処分とした。
しかし、安倍首相は安保特別委で民主党の質問に対して「(その場に)いなかったので、安易に処分という訳にはいかない」と答弁していた。
 
 国会では議席の数は圧倒的なのに、世論の風向きが大いに気になる様子だ。NHKや朝日新聞を呼びつけて記事の内容に干渉し、憲法学者へ八つ当たりするなど、不安の表れなのか。
 9月27日までのかつてない延長国会となる。安保法制を葬る世論作りに力を尽くしたい。
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元・米国駐日大使アマコスト氏の海兵隊不要論

 〝ミスター・ガイアツ〟と呼ばれた元・米国駐日大使のマイケル・アマコスト氏が、朝日新聞のインタビューに応えて「普天間基地と海兵隊」のことを語っている。

    マイケル・アマコスト氏
    (マイケル・アマコスト氏)
 アマコスト氏は、日米同盟重視の立場からではあるが、辺野古移設と在沖海兵隊に疑問を投げかけた。以下、その要旨を紹介したい。
 ――嘉手納飛行場は米空軍にとっては王冠の宝石のような存在です。一方で、沖縄に駐留する海兵隊が死活的に重要なものだとは私には思えません。
 辺野古移設は、コストと便益を考えると見合わない。反対運動は広範で、国会議員、知事、名護市長全員が反対している。これほど高い政治的コストに比べて、海兵隊基地の戦略的な価値はどれほどあるのでしょうか。

    アエラ5.18号
    (アエラ誌より)

 ――限られた予算でアジア太平洋地域における効果的な戦略を考えれば、空軍と海軍が持つ機動力と即応力こそが最も重視すべきものです。
 海兵隊が大きな政治力を持っている現実は変わらない。沖縄の問題は、米国の予算獲得競争とつながっています。

――沖縄の海兵隊駐留そのものを減らす必要があります。グアムへの移転、一時的なオーストラリアへの移転、フィリピンへの訓練移転、ハワイ、米西海岸への帰還などもあり得るでしょう。

    普天間基地

――安全保障における日本の自主規制は、軍事反対の国民感情に配慮すると同時に、米国による日本の防衛政策への介入を制限するために考えられたのだと思います。

    辺野古 - コピー

 昨日(6/23)の「沖縄慰霊の日」で、安倍首相は「沖縄の負担軽減に努力する」と挨拶したが、海兵隊にお帰りいただくことこそが最大の「負担軽減」ではないのか。

元外務官僚・孫崎享さんの講演を聞く

 昨日、元外務官僚だった孫崎享さんの講演会に行ってみた。主催は、市民運動家数人が実行委員会を作り、県保険医協会や県平和運動センターなどが後援した。話しのテーマは、TPP、原発、安保法制と多岐にわたっていた。

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 私が、孫崎という元外交官を知ったのは6年ほど前。「日米同盟の正体」という本を読んでからだ。現在の「安保法制」を予感させる内容だ。米国追従の外務官僚の中にあって、異色の存在だったようだ。

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 もうひとつ孫崎氏の印象が残っているのは、鳩山政権が「普天間基地」の代替施設を県外に求めたときである。長崎県・大村市の海自航空隊基地の私案を提示した軍事評論家の田岡俊次氏は「鳩山勉強会の孫崎座長から頼まれたので」と語っていた。
 現在も、東アジア共同体研究会の所長などを務め、鳩山さんとは昵懇の間柄だ。

 孫崎氏の話し方はとても参考になった。
 たとえば、TPP問題では、「農業や医療以上に最も問題なのは、『ISD条項』です」といっていくつかの実例を挙げる。
 原発問題では、耐震性の基準値ガルを示して説明する。――規制委員会の一次テストの基準は「700ガル」で、菅官房長官は「世界一厳しい基準だ」と言う。ところが、福島原発は「460ガル」で壊れ、各地の地震を示す(阪神淡路818・中越2516・岩手宮城4022)。そして東日本大震災は2933ガルである。「再稼働」がどれほどデタラメかがよく分かる。

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 安保法制については、「集団的自衛権」のもつ意味を会場に「三つの文字で答えてください」と問いかける。これだけでも視聴者の関心度は一気に高まる。――会場からいくつかの答えがでるが、答えは「他衛権」ですと言って大笑いする。

     戦後史の正体

 いま一つは、メディアの報道のあり方を、具体的事例を挙げて「戦前・戦中に似てきた」と厳しく批判する。
 こんな調子で90分ほど話したあと、自分自身のことを大きくピーアールする。――「私のツイッターのフォロワーはいまや8万人ほど」と言いながら、スクリーンに映し出して説明する。
 終わったら、受付に座って自著「戦後史の正体」(13年発刊)をせっせと売っていた。

「暗闇の思想」と松下竜一

 作家であると同時に反原発、平和運動家でもあった松下竜一が亡くなってちょうど11年になる。きょうの朝日新聞のコラム「暁光を旅する」(葉室麟)に『暗闇の思想 新たな輝き』と題する松下竜一のことが綴られていた。

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    (松下竜一)

 私にとって松下竜一とは、豊前火力発電所の建設差し止め訴訟(73年~85年)を仲間と7人で闘う姿であった。
 彼が脚光を浴びたのは、言うまでもなく68年に自費出版した「豆腐屋の四季」がベストセラーとなり、テレビドラマ化されたことである。

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 反原発や平和運動、住民運動などに関わる人で、「暗闇の思想を」を知らぬ者はいないだろう。訴訟の機関誌「草の根通信」は、松下が亡くなるまで続いた。私の友人M氏が松下に会いに行き、初対面だというのにいきなり「〝草の根〟という割には地元に読者は少ないですね」と言って、松下は憮然としていたらしい。

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 私が松下と会ったのは、日出生台での米軍実弾射撃演習に反対する行動の時だった。
憲法第九条を守る運動では、松下たちは「赤トンボの会」というのを作って新聞に意見広告などを出し続けていた。

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    (日出生台演習に反対を訴える松下竜一)

 上記の記事の最後に松下の言葉が綴られている。――「誰かの健康を害してしか成り立たぬような文化生活であるのならば、その文化生活をこそ問い直さねばならぬ」。
 土の香りが染みついた得がたい地方作家であり、あまりにも早逝(67歳)であった。

白土三平のその後~「カムイ伝」第三部の行方は

 やっぱり気になる。以前にも書いた記憶があるが、漫画家・白土三平のことだ。
 例の「カムイ伝」の第三部はどこまで出来あがっているのだろう。検索すると、〝構想中〟とある。しかし、もう83歳の高齢だ。たしか、千葉県の漁村に住み着いて数十年になるはずだ。

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 コミック本は、ちばてつや、横山光輝、かわぐちかいじ、古くはバロン吉本などずいぶん買い込んだ。
 だけど、白土三平は私にとって格別の存在なのだ。出会いは「忍者武芸帳」で、以来、「赤目」「忍法秘話」「ワタリ」「サスケ」「シートン動物記」「伝説シリーズ」など、枚挙にいとまがない。

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 「カムイ外伝」のスガル編は映画になって、観にいった。カムイ役は松山ケンイチ、白土がとても気に入った役者だ。ストーリーも悲劇で終わるところが、いかにも白土らしいいい作品である。

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 いまや、白土三平は研究者らにとって、欠かせない格別の存在になっているようだ。抜け忍・カムイと彼を取り巻く百姓など民衆の行く末が、どのように展開するのか興味深々だ。そろそろ、作品として出してほしいものだ。

佐世保地区労に入ってから47年

 6月1日は、私が佐世保地区労に書記として入局して47年である。
 この年(1968年)は、1月に米原子力空母「エンタープライズ」が初入港し(1/19)、全国の労働組合や市民、学生が結集して大闘争を繰り広げたのだった。

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    (空母エンプラ闘争、佐世保橋での攻防戦)
    19日市民の会
    (この闘いの後、結成され現在も活動を続け
     ている「19日市民の会」)

 初出勤日は、米原潜の佐世保入港に抗議する県庁前集会に参加することだった。前月7日に入港中の原潜から放射線漏れ事故が起こっていた。
 また6月3日には、米軍のF4ファントム偵察機が九大の大型電算センターに墜落する事故が起きた。これがきっかけとなって、翌年から6月1日に九州各県の青年労働者が福岡に結集して集会・デモを行う「6.1闘争」というのが始まった。

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    (九大に墜落した米軍F4ファントム偵察機)

 もう一つは、原子力船「むつ」の佐世保入港阻止・廃船を求める全国規模の闘いだった。青森県沖合で試験航海中に放射線漏れ事故を起こし、故・辻一三佐世保市長が修理受け入れを表明したが、背景には政府による「SSK救済」があった。また、長崎県は、新幹線誘致に係る「むつ念書」を政府と交わしたとされる。とくに、50隻もの船外機付きボートで海上阻止行動を展開した。結局、93年3月、廃船となった。

    地区労運動史

 一方、炭鉱じん肺訴訟の先がけとなった「長崎北松じん肺訴訟」(79年)では、地区労が中心となって支援団体を立ち上げ、15年に及ぶ闘いの末に勝訴した。(95年9月)

    じん肺訴訟支援する会結成

 この他、中小労組の闘争支援、選挙闘争、原水禁運動と被爆者支援、SSK反合理化闘争の支援など、実に多様な闘いと運動を繰り広げてきた。

    デモ行進と小島局長
    (写真の先頭左端が故・小島亨事務局長)

 全国的にも知名の佐世保地区労で32年間も仕事させて頂いたのは、私の人生にとってまさに〝宝物〟である。事務局長を辞任するきっかけは衆院選出馬であったが、思いもよらない「比例区当選」となり(00年)、3年間の充実した国政を経験させていただいた。

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今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)