懐かしい『必殺シリーズ』

 『必殺シリーズ』が始まったのは1972年だから42年も前になる。原作は池波正太郎の「仕掛人・藤枝梅安」で、「必殺仕掛人」に始まり、「必殺仕置人」と続き、15作目の「必殺・仕事人」から後期とされる。

     西崎みどり2

 主役は藤田まこと演じる中村主水、テーマ曲は平尾昌晃(編曲・竜崎孝路)だが、配役をめぐっては制作局やスポンサーなどもめ事も多かったようだ。
 また、カネで殺人を請け負い、その殺し方も鋭利な針やカミソリ、鉄線などで残酷で、多方面から批判が相次いだ。と言いながら、当時の私は毎回食い入るように観たものだった。

     小沢深雪2
     藤田絵美子

 ふとしたことから、最近、必殺シリーズ・70年代の主題歌メドレーが目がとまり、パソコンのYouTubeで聴いたりしている。なかでも、西崎みどりの『旅愁』と小沢深雪の『さすらいの歌』はとても印象深くていい曲だ。西崎が歌ったのは14歳の頃で、最近の映像を観ると見違えるほどの美人で歌唱力も素晴らしい。ちなみに、『荒野の果てに』を歌っている藤田絵美子は故・藤田まことの娘さんだ。


 
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女性閣僚二人が相次いで辞任~揺らぎ始めた安倍政権

 〝女性が輝く社会〟の看板を掲げる安倍政権の女性閣僚二人が相次いで辞任した。
 小渕優子経済産業大臣は、観劇会の費用を後援会が負担、自分の写真入りラベルを貼ったワインの贈与など。松島みどり法務大臣は、自身の似顔絵入りのうちわを選挙区内の祭りで配った寄付行為である。自民党の内部でも「あまりに前近代的(行為)で驚いた」との声も聞かれるという。

小渕優子 松島みどり

 いずれも公職選挙法や政治資金規制法に違反する行為だ。国民生活に係る課題を審議して欲しいとの声はもっともだが、政治家の資質に関する重大問題であり、国会の政治倫理審査会などで徹底追及すべきである。

 この他にも、高市早苗総務大臣ら3人の閣僚による「靖国参拝」問題。あるいは、山谷えりこ拉致担当大臣が「在日特権を許さない市民の会(在特会)」元幹部と、高市総務相や稲田朋美政調会長はネオナチ団体(国家社会主義日本労働者党)の代表とツーショットに納まるなど、〝確信犯〟に等しい行為である。

   高市早苗&稲田朋美
  (高市総務相)       (稲田朋美政調会長)

 安倍首相は「国民に深くおわびする」と謝罪したが、その任命責任はもとより、首相の思想と体質が招いた事態と言うべきだろう。国内問題にとどまらず、靖国やネオナチとの親交など国際社会の疑念を深める憂慮すべき事態である。

     14.10.23朝日・第三の矢も不調
     (朝日新聞2014年10月23日付)

 一方では、片山さつき参議院外交防衛委員長が、閣僚らの答弁資料(想定問答)を読んでいたとして審議が中断する事態を招いた。立法府の委員長が行政府の資料を読むのは「中立性を損なう」(野党)行為だ。安倍政権の気の緩みやおごりと言わざるをえない。

 「一強多弱」と揶揄される国会だが、安倍政権の足元が揺らぎ始めてきた。頼りなさそうな野党だが、ここは一念発起解散を迫る気迫で与党を追及して欲しいものだ。これ以上、国民の政治不信を増幅させてはなるまい。

池澤夏樹の批評「地下の水銀、地上の放射能」を読む

 池澤夏樹という作家・詩人の批評が興味深くて、毎月、朝日新聞のコラム「終わりと始まり」を読んでいる。彼は、北海道・帯広出身で芥川賞をはじめ13ものあらゆる賞を受賞している。
 今月11日付では「地下水の水銀、地上の放射能」と題して、水俣病と福島原発事故のことを批評しているが、物理学を専攻しただけあって実に明快だ。今回は、長文になるがその批評ぶりを要約してみる。

        水俣の位置関係

――不知火海(八代海)を一周してみた。海峡が狭くて、うまく閉じられた海なのだ。奥の方では干満の差が4㍍あり、海岸には干潟が広がっていて、稚魚が育って浅い海に出て大きくなる。「魚の湧く海」という言葉が納得できた。

――水俣湾は不知火海の一部で、かつてチッソはここに「70㌧ないし150㌧、またはそれ以上ともいわれ」る水銀を放出した(なんといいかげんな数字か)。
 約20年後に水銀を含むヘドロは湾の底から回収され、「14年の歳月と485億円をかけて」護岸の内部に埋められた。これが本当に最善の策だったのだろうか?今も薄い土の被覆の下に151万立方㍍の水銀を含有するヘドロがある。海との距離は100㍍と少し。

       水俣病の展示
        (水俣病や水銀研究に関する資料展示)

――南九州は活火山の巣だ。火山と地震と津波が予測不能なのはこの数年で我々が痛苦と共に知ったところだ。御嶽山の噴火はいきなりだったし、漏れるという言葉はフクシマでさんざん聞いている。

――有機水銀は合成化学工業の産物であり、無毒な金属水銀に還元できる。専用のプラントを現地に造ればいいだけの話。そもそも毒性のある産業廃棄物を産めるだけで処理済みとするのは廃棄物処理法ならびに去年採択された「水銀に関する水俣条約」の精神に反するのではないか。
 長らく水俣病に関わってきた人から聞いた話では、有機水銀の回収プラントを設計して試作までした技術者がいたが、彼のプランは一顧だにされなかったという。

      汚染土の仮置き場
         (汚染土の仮置き場)

――この9月1日、福島県は原発事故で生じた放射能を帯びた汚染土を大熊町と双葉町に集め、中間貯蔵施設の建設を受け入れると決めた。「しばらくの間」とは最長30年。そこに2200万立方㍍の汚染土が搬入される。
 水銀と違って放射能は化学的に始末できない。人体に有毒な放射線をいつまでも出し続ける。

      中間貯蔵施設
         
――福島第一原発に隣接する港湾では、海底にたまった放射性の「浮泥」が外洋に流出するのを防ぐために上からセメントで覆う工事が始まる。手法は水俣とよく似ている。
――再稼働がとりざたされている九電川内原発は桜島から50㌔のところにある。政府は「桜島の破局的噴火は9万年ごとだが、前回は3万年前なのでまだ大丈夫」と言っているが、これは火山学の学界では通用しない粗雑な論らしい。
 リスクをコストと読み替えれば、今のようなやりかたで「繁栄」を維持するコストは我々に知らされているよりもずっと大きい。

      14.9.3朝日・海底覆土へ工事 - コピー

 「水俣病」は世界でも知られた深刻な被害であったが、福島原発事故はそれをはるかに超える被害を生み出し、今後何万年もの間人間を脅かし続けるのだ。
 汚染水・汚染土対策ひとつままならず、大事故の原因究明もできない中で、安倍政権や電力会社は再稼働ありきで突き進んでいるのが現状だ。あらためて心の底から憤りがこみ上げてくる。

「イスラム国」の台頭と揺らぐ国民国家

 いま、世界の注目を集める「イスラム国」。欧米からも〝志願兵〟が続出しているとのニュースが最近出たばかりだが、なんと日本からもシリアへ渡航しようとした北海道大学の学生が当局によって事情聴取されているらしい。
 最新のニュースによると、学生には自殺願望があり「どこで死ぬのも一緒だ」と語っている。ある専門家は「『イスラム国』には人間的存在感を与えるものがある。言語的環境が満たされれば〝志願〟する人もいるだろう」と言う。

         14.9.11朝日・欧米の若者、過激派へ - コピー
          (朝日新聞9月11日付)

 こうした現象の背景には何があるのだろうか?
 佐藤優。ひと頃鈴木宗男議員の〝子分〟と呼ばれた元外務官僚で、親イスラエル派として知られる。しかし、彼のけた外れの読書力に基づく状況分析が分かり易い。

         佐藤優
          (佐藤優氏。朝日新聞10月4日付より)

――石油資源の豊富な中東で、大勢の貧困にあえぐ人がいるのは、国際石油資本とそれに連なる王族や独裁権力者に富が偏在しているからだ。
 こうした状況を打ち破ろうと、二つの流れが出てきた。一つが、国家や民族の枠を超えたグローバルなイスラム主義によって克服しようという動き。「イスラム国」の運動がそうである。

          14.9.11朝日・イスラム国の戦闘員たち
           (朝日新聞9月11日付)

――もう一つが、小さな民族に主権を持たせることで危機を乗り越えようという動きだ。従来の国民国家をさらに純化する動きとも言え、英国からの独立を問う住民投票があったスコットランドがそうである。
 この二つの流れが、従来の国民国家の土台を揺るがせ始めた。新生イラクでは、疎外されたスンニ派が「イスラム国」になびき始めた。

         14.9.20朝日・独立否定 - コピー
          (朝日新聞9月20日付)

――300年前に併合されたスコットランドでは、イングランドとの格差が広がり、独自の言語も廃れ、軍事負担も過剰だ。そこで民族意識に火がついた。
 ウクライナでは、親欧米勢力が権力を握った瞬間に、言語政策で間違いを犯した。

――潜在的なナショナリズムの火種は世界各地にある。ただ、国民国家のシステムはそう簡単に崩れることはない。今のところ資本主義に代わる仕組みはなく、現行システムの微調整だと見るべきだ。

         トルコへ避難するクルド系住民
          (朝日新聞10月6日付。トルコへ避難するクルド系住民)

 以上は、北大生の「イスラム国」渡航の背景を直接説明している訳ではない。しかし、いまの日本に、とりわけ若者に「自分が社会に必要とされている」という実感を抱かせるものがどれ程あるだろうか?潜在的な自殺願望者が増えている、その原因を取り除くことが肝要だと痛感する。

土井たか子さんの死去を悼む

〝おたかさん〟の愛称で親しまれ、護憲の顔として全国を行脚された土井たか子・元社民党党首が亡くなられた。享年85歳。その足取りを簡単に辿ってみたい。

 土井さんの原点は、少女のころの神戸空襲らしく「反戦」を貫いた。ヘンリー・フォンダの「若き日のリンカーン」で描かれた弁護士像に感激して、同志社大学の田畑忍門下で憲法を学ぶ。

 政界入りのきっかけは、社会党の成田知巳委員長の誘いだが、「私、別に社会主義じゃないのよ」と言ったらしい。
 当選12回。党の生え抜きや労組出身でない〝市民派〟の登場だった。女性議員として「初の党首」(86年)、「初の衆議院議長」(93年)。残した名セリフは、「やるっきゃない」(86年、社会党委員長就任)「だめなものはだめ」(88年、消費税導入に反対)「山が動いた」(89年、参院選で大勝・与野党逆転)――土井さんが最も輝いていた時期である。

         初登院2
          (初登院で記念撮影)

 ところで私が土井さんと出会ったのは、社会党が分裂し衰退の一途を辿る社民党を必死に支えて全国を奔走された頃であり、その姿の方に親近感を抱く。
 私が衆議院議員に当選した時から、「土井チルドレン」と称された辻元清美・保坂展人・中川智子・福島瑞穂さんらに並んで可愛がっていただき、格別の思いがある。

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          (赤坂宿舎の近くで)

 私が赤坂宿舎の最上階に入居したのは、土井さんが長年住まれた部屋だった。宿舎近くでよく通われた居酒屋に、五島昌子秘書と一緒に連れ添われて行った。
 新人議員らを中心に懇親会をやった折、土井さんも出席され二次会で「マイウエイ」を歌われた。私が土井さんの歌を聴くのは初めてだったが、<信じたこの道を私は行くだけ~ すべては心の決めたままに♪>とまるで自身のことを歌っているようで、なかなかの歌唱力だった。今となっては懐かしい。

         初外遊
          (青瓦台で金大中大統領ご夫婦と共に)

 一番印象深いのは当選から2か月後、韓国の金大中大統領と会談するために訪韓された折、田英夫・清水澄子というベテラン参議院議員と共に随行したことである。新人議員では私一人が選ばれて、同僚たちから羨ましがられたものだ。会談の最大の目的は、南北会談(金大中vs金正日)の様子を伺うことだった。

 「9.11米国テロ事件」が起きたのは01年。これがきっかけとなり、自衛隊の海外派兵に向けた「テロ特措法」「イラク特措法」や「武力事態法(有事三法)」など重量級法案の審議が相次いだ。こんな時、土井さんは必ずといっていいほど私に「Sさんを呼んでちょうだい」と頼まれ、国会図書館の部屋で私も一緒にSさんの考え方を伺ったものだ。(Sさんは、某新聞社の編集委員で土井さんの隠れたブレーンだった)
 当時、社民党の外交防衛部会長だった私に、土井さんはイラク戦争直後の調査に行くように要請された。相当の危険が伴うだけに誰も行こうとせず、結局、山内恵子議員(北海道)と社会新報編集部の藤生君の3人で行ったのだった。

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           (四か町・島瀬公園前で応援演説。2003年)

 私の議員生活は3年3か月と短かったが、思い出はつきない。土井さんは、他党との連携よりも孤立を恐れず自身の信念を貫き通す人であった。大切にされた色紙には
    <生きることは 一すじがよし 寒椿>とある。
 わが家にはいまでも、土井さんが好まれた「森の知恵者」フクロウのカーテンが私たち家族を見守っている。

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           (議員2周年パーティーで祝辞。2002年)

 土井たか子さん、ゆっくりお休みください。心よりご冥福をお祈りいたします。 合掌
 
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今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)