スコットランド住民投票に思う

 新聞、TVで話題となったスコットランドの「独立」をめぐる住民投票の結果は、19日、45%対55%で独立は否決された。

 2年前、独立支持は30%だったにも拘わらず、最近の世論調査では反対派を逆転していた。これに焦ったキャメロン首相は「痛みを伴う離婚」に例えて英国連邦に留まるよう訴え、最後はエリザベス女王までが独立を思い留まるように諭した。

          スコットランド

 なぜ、独立を求める声がこれほど広がったのか?欧州連合(EU)と距離をおき自由競争を重んじる英政府に対して、EUとの協調、福祉重視を志向するスコットランド住民は不満が鬱積していたようだ。
 独立賛成派は負けたのか?――スコットランドはこの15年の間に広範囲の自治を獲得し、英政府が持つ権限は外交、国防、金融などに限られる。さらに今回、英政府から自治権拡大の言質も引き出した。
 余談になるが、もし独立となっていれば、スコットランドにある英政府の戦略原潜基地はどうなっていただろうか?

         14.9.20朝日・独立否定
          (独立否定を喜ぶ反対派)

 今回の住民投票の行方を、スペインで分離独立を求めるカタルーニャ地方の人々は「独立派」を応援して、固唾をのんで見守った。州都バルセロナでは独立を訴える100万人のデモで盛り上がり、住民投票を目指して動いているという。
 このほか、イタリアやベルギーなどでも分離独立を求める動きが顕著である。

         EU懐疑派

 欧州連合(EU)は「世界連邦」の地域版とも言えるテストケースであると、以前書いた。立法・行政・司法を持ち、加盟各国はその権限の一部を委ねている。だが、欧州議会選挙ではEU懐疑派が大きく台頭している。経済停滞や雇用不安の増大などが背景にある。そういう流れの中で民族や地域の分離独立をどう位置付けるのか、じっくり検討してみたいと思う。
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孟子の思想と天皇家

 『昭和天皇実録』が公表されてから、天皇に関する話題が増えている。
そこで、「なぜ天皇家には『姓』がないのか?」ということについて、思想家・松本健一氏の著「『孟子』の革命思想と日本」の書評が興味深かった。(朝日新聞9/14付)引用してみると、

          裕仁
           (昭和天皇・裕仁)

ーー天皇とは「何者であるかを意図的に隠した」存在である。(中国の)孟子もまた意図的に隠された思想家である。権力者に重用された孔子の思想と異なり、孟子は権力者に隠された形跡が随所にある。孟子の思想の核は革命論で、徳を失った君子は討たれてよいとするものだ。

          孟子
           (孟子)

ーー中国では易姓革命と言い、王朝ごとに姓が変わる。これは日本にはふさわしくないと考えた誰かがいつにころか、天皇家の姓をなくしたらしいのである。
 しかし、姓がないからこそ、「万世一系」のフィクションも生まれ、天皇はどんな物語も引き受ける器となったのではないか。歴代の覇者たちは、天皇を討たず、むしろ「利用」した。

           睦仁
            (明治天皇・睦仁)

ーー明治維新は実質上の革命。にもかかわらず「維新」と言い換えた。だから革命の立役者は「維新」の敵対者とされなければならなかった。これが西郷隆盛に起きたことだ。

ーー「戦後のかたち」「国のかたち」がゆらぎ、それを問う機運が高まっている。日本とは何かが根本から問われtいるが、その問いは古代からすでにあったものだ。欧米由来以外の道筋があり歴史がある。

 天皇家の「正統性」のいい加減さはすでに周知のことであるが、「姓をなくした」根拠も定かでない訳だ。自民党の憲法改正草案ではかかる天皇を元首に頂くとしているが、まさに〝古色蒼然〟である。
 今、スコットランドでは独立を問う住民投票を巡って賛否両派が鎬を削っている。EU(欧州連合)では、加盟各国が主権の一部をEUに委譲して古典的な国家の枠組みは希薄になっている。
 間もなく始まる臨時国会では、枝葉末節なことよりこれからの「国のかたち」をアジア諸国との関係において論じてみてはどうか。

「脱原発」に意欲満々の二人の元首相

 細川=小泉連合で都知事選を戦ったのは今年2月。結果は惨敗で、以来半年が過ぎた。その場限りの思いつきで意気消沈していると思いきや、いたって意気軒昂らしい。
 朝日新聞の連載「プロメテウスの罠」、そのシリーズ『2人の首相』(20回)で最近の二人を紹介しているので抜粋してみる。

 --今年7月31日、東京ビッグサイトで太陽光発電の総合イベント「PVジャパン2014」と、「再生可能エネルギー世界展示会」が合同で開かれた。原発メーカーでもある東芝のブースにさしかかると、小泉(72歳)が叫んだ。「原発やってる企業だって、再生可能エネルギーの準備を始めているじゃないか。原発なくても大丈夫だ!」

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 ーー北海道別海町で建設が進むバイオガスプラントの計画を紹介するブースで、小泉が家畜の排泄物を使った発電技術に興味を示して、担当者を質問攻め。「企業は先を見越している。企業はバカじゃないですよ。将来を見越せば、原子力よりも再生可能エネルギーの方が展望がある」「政治が原発を導入したんだから政治がゼロにする責任がある」。

 ーー小泉が「原発ゼロ」への決意を語るとき、よく引用する第政治家の言葉がある。「人生の本舞台は常に将来に在り」。「憲政の神様」こと尾崎行雄の残した揮毫である。7月7日、「日本の歩むべき道」と題する小泉の講演(聴衆約4千人、主催:日本公認会計士協会東京会)で、小泉はこうしめくくった。「常に将来を考える。舞台に立てるよう準備をしよう」。

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           (憲政記念館の玄関の石碑)

 ーー小泉と細川護煕(76歳)を支える人たちは、「人生の本舞台」に注目している。小泉の発信力と細川の行動力と豊かな人脈。活動拠点の自然エネルギー推進会議の事務局長・中塚一宏(元・民主党衆議院議員)は言う。「『大欲は無欲に似たり』というじゃないですか。いまは淡々と。でも動くときは一撃必殺。私はそう思う」。
 じっと時機をみる2人の元首相。小泉は最近、こう漏らしたという。「ときがくれば、おもしろいことになるよ」。

 ここはひとつ、期待感をこめてときがくるのを待ってみたい気がする。

第二次安倍改造内閣人事と〝大臣の椅子〟

 第二次安倍改造内閣の閣僚及び党役員人事が決まった。発足から20か月間、自民党に付き物の閣僚の不祥事らしきものもなく、閣僚の入れ替えがなかったのは珍しい。

           石破
           (石破茂・地方創生担当大臣)

 この人事決定を前に話題を呼んだのは、石破幹事長の処遇を巡ってだった。来年9月の自民党総裁選に向けて、安倍VS石破の相互の思惑や駆け引きが舞台の表裏で演じられたことだろう。

 しかし、私の関心事はそんな自民党内の権力争いより、来年の通常国会で予定される「集団的自衛権」に関する関連法改正や「国家安全保障基本法案」の行方である。
 安倍首相は、統一自治体選挙後の審議を予定して「特別委員会」を設け、6月の会期までに成立させる目論見で、安保担当大臣(新設)と防衛相を江渡聡徳氏に兼務させることとした。

           江渡防衛&安保相
            (江渡聡徳・防衛&安保担当大臣)

 ところで、「大臣の椅子」とは魔物に魅入られるような怪しさがあるらしい。
 長年の自民党政権が崩れて細川護煕連立政権が誕生すると、元社会党の議員らは首相や官房長官らへの大臣懇願が殺到したらしく、とくに〝左派〟の人物らは日参したという。「お墓に入る前に大臣ポストを手に入れたい」という訳だ。

           谷垣幹事長

 長崎県内の例では、長崎一区選出の高木義明議員(三菱重工業出身)がいる。民主党の野田政権下で文科相就任が決まったとき、「まさに青天の霹靂だ!まことに感激」と感想を漏らしたものだ。
 その民主党も、あまりのでたらめな政権運営がたたって政権から転落して、野党はバラバラ。何かのきっかけで安倍政権を追い詰める時がきても、自民党に代わり得る野党の姿がなく国民の選択肢は無いに等しい。
 何とかして政権交代を果たせる〝リベラル〟勢力の結集が必要なのだが・・・。

芭蕉は隠密だったのか?

 はやくも秋の気配漂う9月になった。気象異変が続き、広島をはじめ各地で被害が続出した夏だった。
興ざめすることから書き始める。--生誕から370年、漂泊の俳人・松尾芭蕉は幕府の〝隠密〟だったのか?

            芭蕉は隠密2

 江戸を出発したのが1689年、芭蕉46歳のとき。東北・北陸を経て、大垣(岐阜県)に至る約5か月、600里(約2400キロ)に及ぶ旅に出た。随行したのは、「蕉門十哲」の一人、河合曽良(そら)である。
 紀行文「おくのほそ道」が完成したのは、旅の5年後。ところが、曽良が旅の行程を記した日記と泊った場所や滞在日数が多数異なっていたという。芭蕉の出身が忍者で有名な伊賀市であったこともあり、幕府の隠密として情報探索が目的の旅だったとの説が論じられるようになったというのだ。

           芭蕉は隠密?

 旅の目的は何だったのか?芭蕉隠密説を唱える光田和伸・国際日本文化研究センター准教授は、一つは外様の雄藩・仙台藩の探索とみる。もう一つは、幕府が隠密を使って全国の大名243人の実態を調べ上げたとされる書物「土芥寇讎記(どかいこうしゅうき)」に関わる仕事だ。

 曽良は晩年、全国の政情や民情を査察する幕府の巡検使の随員になっている。「曽良が隠密であることをカムフラージュするためには、芭蕉という風雅なる俳諧宗匠を連れていくのはうまい方法だ」(作家・嵐山光三郎氏談)。
 芭蕉は1694年、大阪で病気になり亡くなっている。
 --以上、朝日新聞(8月31日付)による。何か、芭蕉にもっていたイメージが崩れて別人のように思えてきた。

          里見黄門2

 そういえば、水戸黄門の場合は全国行脚などしているはずもなく、江戸と水戸の間を往復していたに過ぎない。昔の映画では助さん格さんのお供連れだが、TVではうっかり八兵衛や風車の弥七などが加わって実に賑やかになっている。ひと頃は由美かおる演じる入浴シーンが話題になったものだ。
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今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)