「秘密保護法」の事例を考える

 「特定秘密保護法案」の審議が大詰めを迎えている。
 「表現の自由」や「知る権利」を侵し国民の生活に重大な影響を及ぼす法案である。たしかに、マスコミ関係者や法曹界、学者たちからは「廃案」を求める声が強いが、一般の国民は「自分たちには関係ない」「法案自体をよく知らない」というのが実情のようだ。

 つい先日、ある新聞社から同法案に関する取材を受ける機会があった。
法案については多くの識者などが解説をしているので、私は佐世保での具体的事例を二つあげて「廃案」とする理由にした。

         原潜ツーソン1
          (赤崎岸壁に停泊中の原潜「ツーソン」 13年11月29日)

 一つは、米原潜入港時の「事前通告」と放射能測定に係る「密約」について。
原潜初入港(64年)以来現在まで佐世保には300回以上入港している。米国は、被爆国日本の核アレルギーに❛配慮❜して、入港の24時間前に「事前通告」すると約束した(外交上の覚え書「エード・メモワール」)。しかし、01年に起きた「米国同時テロ事件」を契機にテロ対策を理由にして事前通告の市民への公表を禁止した。
 佐世保市は、02年以降毎年1回、原潜の放射能漏れ事故を想定した住民の「避難訓練」を実施しているが、入港情報を事前に知らされないのでは大きな支障を生じる。

       放射能測定「密約」
        (長崎新聞 08年3月7日付)

 一方、原潜が入港すると、文科省の職員(2人)が海保調査船で海水・海底土や空中の放射能を測定する。ところが、佐世保(68年)と横須賀(69年)で異常放射能値が測定されたのを機に、米海軍は「原子炉の技術情報が暴露されるのを防ぐ」との理由で、「原潜から50メートル以上離れて測定する」ように求めた。これに係って日米両政府は協議の末、「原潜から50メートル以内では空気中の測定は行わない」との密約を交わしたのだ(71年)。
外務省は「関連文書が本来存在しないのか保存期間を過ぎて破棄したのか分からない」としている。この件は、核問題研究家の新原昭治氏(81歳)が何度も米国の公立公文書館に足を運んで資料を入手したものだ。

        13.11.13朝日・まんが・秘密保護法
         (朝日新聞 13年11月13日付)

 二つ目は、自衛官の「人権侵害裁判」に係る政府の資料隠ぺいについて。
 護衛艦「さわぎり」裁判では、原告と弁護団が大変な苦労の末に証拠資料を突き付けて、福岡高裁で逆転勝訴した。護衛艦「たちかぜ」裁判では、国側指定証人の現職自衛官が政府の資料隠ぺいを内部告発して、被告・国側を追い詰め間もなく結審を迎える。

      「たちかぜ」裁判を支援する会パンフより
       (「たちかぜ」裁判を支援する会のパンフより)

 もし、いま審議中の「特定秘密保護法案」が成立すると、こうした資料入手や関係者への聞き取りなどが、「外交秘密」や「防衛秘密」を理由に罪に問われることになるのは必定だ。

      13.11.29朝日・かぎ穴指令 - コピー
       (朝日新聞 13年11月29日付)

 今回の法案の根源的背景は、日米の軍事的融合・一体化が進み、軍事情報保護の観点から米国の強い求めで「日米軍事情報包括保護協定」(GSOMIA、07年)が締結されたことによる。(詳しくは別の機会に論じたい)

 まず、厳罰で秘密を保護する前にやるべきは、徹底した「情報公開」である。欧米諸国に比べて著しく遅れている。
 戦前、共産主義者対策を口実に制定した「治安維持法」は、結局、国民全体の自由を奪って戦争に突入した。❛先輩国❜米国では、「9.11同時テロ」を機にテロ対策を理由に「愛国者法」定めて、その監視対象は、赤ん坊にまで拡大された。

       特高警察
        (特高警察)

 「自分には関係ない」「戦争なんてあるはずがない」とタカをくくっている国民は多い。子どもにも分かる表現力で、「秘密保護法なんてまっぴらごめん」という世論と運動をつくっていこう!
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古賀メロディー~ライブは素晴らしい♪

 やっぱり、ライブはいいなぁ~~♪
 去る23日、地元の第55回「早岐文化祭」が開かれ、「古賀メロディー・ギターアンサンブル演奏」があるというので聴きに行ったが、250人収容の会場は立見席ができるほどであった。

       古賀メロディーアンサンブル
       (「古賀政男記念館」スタッフのアンサンブル)

 「古賀政男記念館」(大川市)のスタッフ10人によるアンサンブルで、山田館長の軽妙なトークで古賀メロディーと生い立ちの紹介があり演奏するのだが、会場からもやわらかな合唱があり、懐かしい名曲に聴き入った。

          古賀政男
          (在りし日の古賀政男)

 作曲家・古賀政男の本名は「古賀正夫」、1904年11月18日、福岡県三潴郡田口村に生まれる。7歳の時に父が死亡、朝鮮に渡り仁川を経て京城で暮らす。故郷を離れた寂しさが「人生の並木路」のモチーフとなったという。

 高校卒業後大阪の商店に勤め、やがて明治大学に入りマンドリン倶楽部の創設に参画。その後、宮城県川崎町の森林を彷徨っていた時に「影を慕いて」の歌詞が浮かんだといわれる。

 大学卒業後、日本コロムビア専属となり、歌手・藤山一郎との出会いが人生を大きく変えた。「酒は涙か溜息か」、「丘を越えて」、「影を慕いて」の3曲が発売されて、大ヒットした。

 戦後、60年代には美空ひばりの歌の作曲を手がけ、特に「柔」「悲しい酒」はミリオンセラーとなる。作った曲は5千曲にものぼるというから、すごいものだ。

          大川音楽祭
           (「古賀政男記念館」でアクセスできます)

 作曲活動の傍ら、「日本作曲家協会」を創設し初代会長となる(59年)。また、晩年の74年には「広島平和音楽祭」を開催した。78年7月に死去(享年73歳)。その直後、国民栄誉賞が贈られた。

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          (グランプリ受賞の女子高生)

 おなじみの名曲に、聴衆はみんな酔い痴れていた。また、古賀政男の出生地・大川市の音楽祭でグランプリを取った女子高生が特別ゲストで数曲歌ったが、その歌声が素晴らしくプロ同然の出来栄えだった。

 最後の曲は「誰か故郷を想わざる」――戦地で父がいつも口ずさんでいたという曲なので、思わず涙腺がゆるんでしまった。

         古賀政男記念館
          (「古賀政男記念館」)

 やっぱり、ライブはいいなぁ~~♪一度、大川の「古賀政男記念館」にも行ってみたい。帰り道、柳川に立ち寄って名産のウナギを食べたい♪

「最終手段の書簡」と戦略原潜

 昨日の朝日新聞で、梅原季哉ヨーロッパ総局長のレポート記事に目がとまった。英国唯一の核戦略原潜の母港「ファスレーン」に関する記事である。

 「最終手段の書簡」と呼ばれる手紙――英首相が、自身や、代理職らも核攻撃で死亡した場合を想定し、核による報復の可否を戦略原潜の艦長あてに指示しておく遺言だという。

     世界の核兵器 - コピー

 全面核戦争は殆ど考えられない現在、こうした手紙が必要なのか?
 国防参謀総長を務めたチャールズ・ガスリー名誉元帥は「もし英国が核を放棄したら、国連のテーブルで耳を傾ける者はいなくなる」と語る。
 一方、情報将校として核運用にかかわったロバート・グリーン元海軍中佐は「軍事的には、核は何の安全保障にもならない無用の長物。消えた帝国の遺物にすぎない」と語る。

      NPT再検討会議準備会
       (NPT再検討会議第2回準備会議)

 現在、戦略原潜を保有するのは五か国である。戦略核兵器の運搬手段「三本の柱」(地上ミサイル・戦略爆撃機・戦略原潜)のうち、最後に残るのは秘匿性の高い戦略原潜だ。原潜1隻で一つの国を壊滅するだけの破壊力を持っている。以下に、保有国の写真を添付しておく。

     米・オハイオ級「メリーランド」
     (米国・オハイオ級「メリーランド」。トライデントD5を24基搭載。射程1万2千km)

    露・「タイフーン」型
      (ロシア・タイフーン型。SS-N-20を20基搭載。射程8千3百km)

     英・ヴァンガード級「ヴェンジャンス」
      (英国・ヴァンガード級「ヴェンジャンス」。トライデントD5を16基搭載。射程1万2千km)

    仏・ル・トリオンファン級「ル・テメレール」
      (仏国・ル・トリファン級「ル・テメレール」。M45を16基搭載。射程6千km)

    中・「晋」型
      (中国・「晋」型。JL-2を12基搭載。射程8千km)

 私にとって驚きだったのは、冷戦終結直後、最高機密のロシアの戦略原潜「タイフーン」型に日本のTVカメラが入り、艦内を撮影したことだった。居室は総檜張りで大型水槽に魚類が泳ぎ、別途、乗組員用のプールまで備えていた。バレンツ海の海底で待機し3か月を過ごす。

 米・ロ両国が保有する核兵器数は約16,300発。戦略核削減交渉も遅々として進まない。
再来年には、NPT再検討会議が開かれるが(4/27~5/22)、核保有国がまず核削減の実行と核廃棄への期限を設定しない限り、核兵器は拡散する一方である。

 被爆国・日本は、もういい加減に米国の「核の傘」を脱して、東北アジア「非核地帯化」の先頭にたつべきではないのか。

原潜事故の避難訓練と放射能測定の「密約」

 今月8日のフェイスブックに書いた「原潜の放射能漏れ事故」を想定した避難訓練について、時系列的に加筆しておきたい。

      13.11.8朝日・原潜避難訓練 - コピー

*原潜が初めて日本に寄港したのは、64年11月(艦名シードラゴン)、原子力空母は68年1月(艦名エンタープライズ)、いずれも佐世保だった。米国政府は、寄港に際して「寄港24時間前の通告」を約束した(64年、外交覚え書「エード・メモワール」)。

         空母の原子炉

*原潜の寄港地は横須賀・佐世保・沖縄(ホワイトビーチ)。原潜や空母の原子炉の情報は一切非公開だが、原子炉の電気出力は空母30万kw、原潜6万kwと推定される。
米海軍は「原潜の事故は全くない」と言うが、佐世保や横須賀で放射能漏れ事故(68年、69年)やケーブル火災事故(04年)などを起こしている。

        デイビスレポート
        (「核軍縮・平和2005」より)

*米国の環境科学者W.ジャクソン・ディビス博士(カリフォルニア大)が、米原子力艦の原子炉や核兵器の事故被害を分析した「デイビス・レポート」(88年)は、関係自治体に大きな衝撃を与えた。

   SSKドック&岸壁
    (右下が赤崎岸壁)

*米海軍のマクパードン佐世保基地司令官は78年、原子力船「むつ」の立神岸壁(米海軍管理)係留を拒否する理由として「原子力艦の係留場所は住宅地域から少なくとも500メートル以上離れた所でなければならない」という米原子力委員会の規則があると明瞭に述べた。
 だが、港深奥部の1号ブイに係留していた原潜は、冷戦後、赤崎岸壁に係留されるようになった。同岸壁から半径300メートル以内には民家や老人施設があり、米国規則に反する状態である。

        原子力艦の災害対策マニュアル

*01年3月、私が衆院予算委分科会で上記の問題を質した時、政府は「承知しない」とシラを切った。しかし、3年後、原子力安全委員会(3月)と中央防災会議(8月)が相次いで「原子力艦の原子力災害対策マニュアル」を策定した。
このマニュアルで「避難を計画する範囲」として、原潜は0.5km・原子力空母1km以内という数値が明記された。

*原潜の放射能漏れ事故を想定した避難訓練は02年から始まったが、米海軍は「原潜事故を想定した訓練には参加できない」との理由で参加を拒否している。

      原潜の放射能測定「密約」1

*実は、原潜の放射能測定についても日米間の「密約」が存在する。
核問題研究家の新原昭治氏が米国立公文書館から入手した資料によると、――原潜寄港時の放射能測定は、海水・海底土及び空気中で行なわれる。ところが、69年、横須賀に寄港中の原潜「サーゴ」から異常値が記録されたのをきっかけに、「調査船が原潜から50メートル以上離れて測定する」との密約が日米間で交わされた(71年)。

        原潜&潜水艦母艦
        (原潜と潜水艦母艦)

 文科省は「現在は50メートル以内でも測定している」と言うが、外務省は「関連文書が本来存在しないのか、保存期間が過ぎて破棄したのかは分からない」と言う。

         新モニタリングポスト

 周辺住民の避難訓練も大切だが、その前に放射能測定の「密約」の真相をはっきりさせることこそ先決ではないか。政府にその気がないのなら、自治体が積極的に働きかけるべきだが、及び腰の首長に望むべくもない。
 今、国会で審議中の「特定秘密保護法案」が成立したら、こうした資料の入手自体が困難になり、国民の命と健康に係る情報が完全に閉ざされてしまうことは必定だろう。

やっぱりカッコいい、チェ・ゲバラ

 「チェ・ゲバラ~世界を変えようとした男」――BSプレミアム放送(11/6)を観た。若き日に燃え滾った血が蘇える思いだった。

            チェ・ゲバラ

 これほどカッコよく破天荒な革命家は他にいない。団塊世代だけでなく、現代の若者にも根強い人気がある。

 アルゼンチンの裕福な家庭に生まれ、幼いときに患った喘息の経験から医師となる。中南米諸国を放浪して、「貧困」の酷さに心を痛めた。やがて、亡命中のカストロ兄弟と出会い、キューバへ渡って革命を成就する(59年)。

           カストロと一緒に
            (右は、カストロ)
 64年、国連総会でキューバ主席として演説し、❛祖国か、死か!❜という名セリフを残した。

 65年、「第2回アジア・アフリカ経済会議」で最大の貿易相手国・ソ連の外交姿勢を「帝国主義的搾取の共犯者」と痛烈に批判した。ソ連は、ゲバラを首脳陣から外すよう求め、ゲバラはキューバを離れてアフリカのコンゴに渡り、チェコの現状を見て「社会主義の失敗作だ」と語ったと言われる。

           国連で演説するゲバラ
            (国連総会で演説するゲバラ)

 再度キューバに戻るが、カストロと相談して南米大陸の革命拠点としてボリビアを選び潜入した。67年、チューロ渓谷(アンデス山脈)の戦闘で捕えられ、銃殺された。❛ゲリラ闘争の天才❜ゲバラの最後の地となった。享年39歳。

           最後の戦いの地ボリビアで
            (最後の戦いの地となったボリビアで)

 南米諸国では、今でも絶大な人気を誇るカリスマである。

「明治のこころ」と「昭和のこどもたち」

 天声人語に「明治のこころ」展(江戸東京博物館)の紹介記事が載っていた。大森貝塚の発見で知られる米国の博物学者エドワード・モースは「日本は子どもたちの天国だ」と書き残しているという。また、火鉢、箱枕から大工道具にいたる暮らしの中の身近な品々の収集品も膨大で、文明開化の波の及ばぬ市井の日常がよみがえる展示らしい。

           エドワード・モース1 - コピー
             (エドワード・モース)

 私はふと、思い出した。15年前、横浜のSOGOビルに立ち寄った時、「昭和のこどもたち」展というものに出会った。桐塑(とうそ)人形作家・石井美千子さんの作品群である。思わず自分の子どもの頃の記憶と重ね合わせて、ほのぼのとした感傷にひたったものだ。

           石井美千子 - コピー
            (石井美千子)

 展示会場で買い求めた「石井美千子人形作品集」(1998年出版)の中の「ごあいさつ」で、石井さんは次のような願いを込めた。
 ――願わくば、この作り物の人形達が、今後、ますます深刻になってゆく高齢社会を生きる人々の心を潤し、これからの日本の未来を担う生身のこどもたちの顔に、くったくのないこども本来の表情を取りもどす、そんなきっかけになってくれたらと祈ります。
 
  慌ただしく移り変わってゆく目の前の景色にとまどう暇もなく、ひたすらに生きてきたこの国の人々の心に暫し休息の時を。そしてその時間の狭間で忘れてきた、大切な心を取りもどす魔法の呪文を耳を澄ませて聞いて下さい。

       昭和のこどもたち展 - コピー

 佐世保でもぜひこの人形展を開きたいと、ギャラリーを主宰する女性に相談したことがあるが、全国各地の予約が満杯で開けないままになっている。
「作品集」からいくつかを添付するので、ご覧いただきたい。

チャンバラ - コピーとばしっこ - コピー
(チャンバラ)                  (とばしっこ)
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(またのぞき)                  (紙芝居)
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(内職)                      (豊饒の一刻)
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(野菜売り)

 いじめや虐待が絶えない今の世相に比べて、当時の子どもたちは貧しくともはるかに自由で幸せだったような気がしてならない。
 私たち大人も、かつて高度経済成長に浮かれて、かけがえのない大切なものを置き忘れてきたように思う。

金森徳次郎と憲法九条

  きょうは「文化の日」。憲法の公布日に当たるとされる。
 ところが、明治天皇の誕生日(明治節)に憲法の公布日を合わせたとも言われる。
 また、祝日法制定の中心的人物・山本勇造(参院文化委員長)によると、11月3日を「憲法の公布日」とすることにGHQが強く反対したので、憲法記念日(施行日)を5月3日と定め、11月3日は「文化の日」にしたと言う。(ちなみに、5月3日は日本の戦争責任を裁く「東京裁判」の開廷日だ)

         日本国憲法原本
          (日本国憲法原本)

 朝日新聞の文化欄(10月26日付)に、新憲法制定時の憲法担当国務大臣だった「金森徳次郎」のことが紹介されているので、紹介してみる。
――新憲法は、有史以来はじめての世界に誇るべき「歴史的な日本の大乗的活動」だと語った。50年代に第九条の改正論議がわき起こると、「われわれは侵略戦争はやらない。自衛戦は理論上できるのだが、戦力を持たないし、交戦権を持たないのだから、実際非常にやりにくい。つまり日本が平和国家たるの事業を挙げる保障が発生するのだ」と説いた。

――戦前に法制局長官となったが、天皇の権力を絶対視しない憲法論が災いして退官し、戦争中苦難の日々を経験した。だから、戦争遂行のために思想弾圧された経験から、文化の独立を否定するのは、『人類に対する反逆』と断罪した。

        金森徳次郎
         (朝日新聞)

――「国会論」では、主権在民を人類普遍の原理とみて、それが憲法の上にあるとした。
金森には、日本の侵略戦争を深く反省して語った「文化をして戦争を滅ぼす」との名言がある。

           13.8.17朝日

 閣僚らの靖国参拝、集団的自衛権の行使、秘密保護法など、「戦争できる国」へ猛進して近隣諸国から疑いの眼で見られている日本。安倍首相にぜひ読んでほしいものだ。

原発輸出は迷惑です

 安倍首相は、原発輸出に張り切っている。
先月末、トルコと輸出に合意した。

   安倍首相の「原発トーク」
    (朝日新聞 10月31日付)

経産省の試算によると、世界の新規原発は2030年までに370基(IAEA予測)で、一基あたりの事業費は4,000~5,000億円。

❛100兆円の大市場❜を巡って、各国が売り込みにしのぎを削っている。
三菱・東芝・日立など日本の三大原発メーカーも、首相自ら背中を押してくれるので、躍起である。(原発メーカーが三社もあるのは日本だけだ)

   13.10.23朝日

まて!「フクシマ原発事故」を忘れたのか?!
 --あの原発は米国GE社製の古いタイプです。現在の原発は世界最高水準の技術で作っているので安全です。

小泉さん(元首相)は言っていますよ。「安全か否かより、核廃棄物の処分ができないのだから脱原発以外にない」と。
 --引退した人は責任がないので、何でも言えるんですよ。アベノミクスにとって原発は不可欠なんです。

 地球と生物40億年
  (朝日新聞)

新人類が地球上に誕生したのが約10万年前。「文字」を手に入れたのが約3、4千年前。
核廃棄物のなかで猛毒・プルトニウムの半減期は約2万4千年。
仮に、地上、地下を問わず保存したとして、1万年後の人類に現在の「文字」が伝わるのか?いや、人類が1万年後まで無事に生きているのか?

自分で責任もてないことを、後世に残してはいけない。まして、他人に押し付けては迷惑だ。
「オール電化」だって!電力会社に節電意識はゼロだ。

 江戸のエコライフ
  (朝日新聞)

自然エネルギーとか循環型エネルギーもけっこうだけど、少しは江戸時代の❛エコライフ❜を見倣ったらどうだろう。
電気なんてない時代に、人間は知恵と工夫でしたたかに、しなやかに生きてきたのだ。
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今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)