集団的自衛権より、「世界連邦」をつくろう!

  人類社会は、大昔から争い事を繰り返してきたが、武器等の目覚ましい発達でその被害も大きくなってきた。とくに、二度にわたる「世界戦争」では、兵士3,400万人・民間人4,700万人が死亡したと言われる。(諸説あり)

        バルカン戦争
         (欧州における第一次世界大戦以前の最も新しい戦争・バルカン戦争)

 人類は、この惨状を目の当たりにして、「戦争は国際法違反」とするいくつかの条約を採択した。第二次世界大戦後つくられた「国連憲章」では、武力行使を原則禁止としたが、同時に二つの例外を認めた。

         ヒトラーとムッソリーニ
          (ファシズムの指導者ヒトラーとムッソリーニ)

 一つは、侵略などがあった場合に「国連軍」が侵略国を懲らしめる武力行使で、「集団安全保障」と呼ばれ国連の基本理念とされる。
 もう一つは、侵略などがあったら、「国連軍」が助けにくるまでの間、自分で戦いなさい(「個別的自衛権」と呼ばれる)。もし、自分だけで無理な時は他国の力を借りて戦いなさい(「集団的自衛権」と呼ばれる)、というものだ。

 「国連憲章」が作られる時、中南米諸国が強く求めて急きょ導入されたのが「集団的自衛権」であり、あくまでも例外規定であった。
 ところが、肝心の「国連軍」なるものは現在も存在しない。そこで、湾岸戦争の時のように、国連決議をもとに「多国籍軍」を編成して侵略国を懲らしめた(この方法は問題点が多い)。

            集団的自衛権とは何か
               (豊下楢彦著「集団的自衛権とは何か」 岩波新書)

 第一次安倍政権の時、安倍首相は集団的自衛権を使うための4類型を示した。例えば、北朝鮮のミサイルが米国めがけて飛んだ時、撃ち落とすのは当然だと言う。あまりにも現実性に乏しい無理な想定だ。

 また、国連PKO活動などで、武装集団に攻撃されている他国軍を救援する(「駆けつけ警護」と言う)のは当然だとも言う。しかし、国連PKO活動などは各国の憲法・法律に基づいて行うとされており、自衛隊を派遣しなければ済むことだ。
 
        憲法九条はなぜ制定されたか
        (古関彰一著「憲法九条はなぜ制定されたか」 岩波ブックレット)

 国連は国家の連合体で各国が軍隊を持っているので、戦争が絶えない。それに対して「世界連邦」だけが唯一軍隊を持ち、各国は警察力程度にとどめることで戦争を防止する、との考えはどうだろう。アインシュタインや湯川秀樹らを先頭に世界連邦運動が世界規模で広がり、日本でも現在「世界連邦日本国会委員会」という超党派の議員連盟が存在する。EU連合はその欧州版と言っていい。

     スイスの都市・モントルー
      (世界連邦「モントルー宣言」が出された、スイスの都市・モントルー)

 半世紀前に比べて、世界はグローバル化して各国の経済的相互依存は深まり、国同士の戦争はできにくくなっている。
 仮に、国連総会でこの考え方を提言したら、途上国などはきっと大賛成するだろう。「軍事費が不要になれば、それを教育や医療などに使える」のだから。

          高柳賢三
           (高柳賢三氏)

 現憲法を制定する頃、貴族院議員だった高柳賢三・東大教授は「世界国家が成立すれば、各国は第九条の想定する武装なき国家となる」と述べている。

         「世界連邦」と憲法九条
           (シリーズ:「戦争と平和を考える」 10年4月号より)

 戦争の準備をする議論より、「戦争のない21世紀」に向けた議論の方がはるかに有益であると思う。
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「新防衛計画の大綱」中間報告に反対する!

  前回、冒頭で新しい「防衛計画の大綱」(中間報告)について触れたが、昨日のTVニュースでも報道されていた。政府は、年内に確定する予定ようだが、特徴的な点について私の考えを述べておきたい。

       13.7.25朝日・新防衛大綱・中間報告
        (朝日新聞 13年7月2日付)

 まず、自衛隊に「海兵隊のような機能」をもたせるという。米海兵隊は陸軍本体に先駆けて戦場に投入される部隊だが、すでに佐世保の陸自「西普連」(西部方面普通科連隊)は米国で海兵隊と合同訓練を重ねている。

       離島奪還訓練の米海兵隊と陸自。米カリフォルニア州・サンクレメンテ島。13.6.17
         (離島奪還訓練をする米海兵隊と陸自 カリフォルニア州サンクレメンテ島)

 尖閣諸島をはじめ外洋進出著しい中国を念頭に、占拠された島嶼を奪回するのに必要な部隊と言うが、いかにも聞き苦しい説明だ。
冷戦時代、「ソ連の脅威」を煽って大量の戦車部隊を北海道に張り付けて、“無用の長物”と化したが、「中国・北朝鮮の脅威」などはまさに二番煎じに過ぎない。

      13.7.27朝日・敵基地攻撃力を検討
       (朝日新聞 13年7月27日付)

 また、「敵基地への攻撃力」の検討をすると言う。北朝鮮のミサイルを想定しているが、果たして北朝鮮が日本や米国に対して核ミサイルを撃つ意思があるのか?
北朝鮮は、核兵器を保有することではじめて米国と対等な交渉ができ、現政治体制を維持できると考えている(核兵器を放棄して潰されたイラクを「教訓」としていると思われる)。米国だって、同盟国・韓国に甚大な被害が出るので、簡単に戦争を仕掛けられない。

 日本に対しては、早く日朝国交正常化を実現して「賠償金」を得たいと考えている(試算1兆円とも言われる。船橋洋一著「ザ・ペニンシュラ・クエスチョン」に詳しい)。

     グローバルホーク
      (米空軍のグローバルホーク)

 さらに、無人偵察機の導入を検討している。ノースロップ・グラマン社(グローバルホーク機)やジェネラル・アトミックス社(プレデター機)などの米国の兵器メーカーが売り込みに必死だ。思わず“安保マフィア”とも言われるチェイニー元・国務副長官らの顔が浮かんだ。4機で数百億円と言われる。

 米国は、イラク戦争で実際に使い、「誤射」で多数のイラク民間人を殺傷した。日本は、一体どこで何を対象に使うというのだろうか?

 この「中間報告」は、統幕監部OBらが叩き台を作ったと思われる。「専守防衛」の原則をはじめ自衛隊を統制するいくつもの諸原則を、安倍政権のもとで一気に取り払おうという訳だ。本来、外交で解決すべき国際課題が軍事対応にすり替わっている。
 安倍首相も「お爺ちゃん(岸信介元・首相)ができなかったことを、自分の手でやり遂げたい」との意気込みが強い。

     半田滋著

 対抗すべき野党各党は内輪もめで明け暮れ、こうした流れに歯止めをかけるのは容易なことではないが、諦めるには早すぎる。地域から反対世論をつくり広げていこう!
 (※半田滋著「集団的自衛権のトリックと安倍改憲」をぜひお勧めしたい。)

今回の参院選は「違憲」だと、47選挙区で提訴!

  参院選で圧勝した安倍政権の鼻息は荒い。「新防衛計画の大綱」の中間報告では、自衛隊の海兵隊化や無人航空機の導入などを明記。同時に、集団的自衛権の議論も進めるとしている。
 一方、選挙中は棚上げしていた憲法「改正」についても、対話集会をやる予定だ。

    自民党が安倍総理に新防衛大綱を申し入れ
     (安倍首相に「新防衛計画の大綱」提言を手渡す自民党幹部)

 ところが、最近の世論調査では、改憲手続きの96条改正「反対」(48%)が「賛成」(31%)を上回っている。国会では、衆・参議員の三分の二以上が「改憲賛成」と言われており、国民と政治家との間にこそ“ねじれ”が生じているのは重大だ。

          衆参両院の新勢力

 また、報道によると、今回の参院選で最大4.77倍の「一票の格差」が生じ、選挙自体が無効だとする訴訟が全47選挙区で起こされたという。鳥取で約16万票で当選(自民党候補)しているのに、東京では約55万票とって落選(民主党候補)している。

 昨年10月、3年前の参院選は「違憲状態」だと最高裁が判断を下し、昨年12月の衆院選も各高裁で「違憲」とする判断が相次いだ。正当な資格をもたない政治家たちによって憲法が変えられるなんて、許されることではない。

 変えるべきは「選挙制度」であるはずだ。朝日新聞の試算によると――今回参院選の各党比例区得票率を、次期衆院選に当てはめると、自民359議席・民主26議席、公明と合わせて395議席・野党合計で80議席となり、得票率の差以上に議席数が大きく開くという。

            次期衆院選の試算

 今やるべきは、民意を最も反映する選挙制度改革と併せて、本来の目的であった政治腐敗防止のための「企業献金禁止」制度を徹底することだ。

長崎大水害から31年~自然の猛威は怖い

  きょうは、長崎大水害から31年目。私は、この大水害の4か月後に結婚したので、忘れられない出来事だった。

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 ウィキペディアから引用すると――長崎市内では23日、夕食や帰宅時間帯に100mm前後の猛烈な雨が集中。長崎海洋気象台は厳重な警戒を呼びかけたものの、連日の警報に慣れた市民の多くは事前に対策を講じることなく、市民生活を完全に麻痺させた。

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            (矢上町東公民館付近)

 また、斜面都市長崎の特性が災いし、「水害」の名とは裏腹に土砂災害による犠牲が溺死者を大きく上回ったのが長崎大水害の特徴で、長崎市内の死者・行方不明者299名のうち、およそ9割にあたる262名が土石流や崖崩れによるものであった。停電も重なって行政側も救援思うに任せず、被害は拡大していった。

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 自然の猛威は本当に恐ろしい。長崎県は、大水害から30年目の昨年7月、「30年前を忘れない~長崎大水害の教訓を未来へ」と題するシンポジウムを開いた。
 
          長崎大水害・写真展
            (長崎新聞 13年7月19日付)

 今年も、長崎市役所などでは大水害の写真展示が始まり、川内町自治会は初めて防災訓練を行った。
 
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            (長崎新聞 13年7月22日付)
 
 ところで、話しはまったく別だけど、一週間前、旧知の新聞記者がフェイスブックで返答を待っていますとメールがきた。
 要領を得ぬまま返事を出して「登録」したら、なんと!連日、友達の友達はまた友達だといった調子で「友達リクエスト」が相次いだ。

 会ったこともない「お友達」が、まるでネズミ算式に増えていく…。毎日、どんな人物かをチェックしてコメントを書く、という新たな“仕事”が増えた。
 娘からは「顔も名前も同じ“成りすまし”がいるから、止めたがいいよ!」って怒られるし…。もう、知ら~ん(´_`。)グスン

藤井治夫先生のご冥福をお祈りいたします

  あの軍事評論家で知られた藤井治夫さんが、昨年3月に亡くなられていた。
今朝、旧知の朝日新聞・元編集委員のIさんからのメールで知った。すぐ、検索してみたら、昨年3月、市民団体のニュースに訃報が載っていた。昨年3月2日、脳出血により逝去。享年84歳。

        藤井治夫2
         (79年12月5日 沖縄での護憲大会にパネリストとして出席)

 とくに九州ではなじみの軍事評論家で、各県でよく講演されていた。長崎県では、長崎県労評時代のY事務局長が藤井先生に惚れ込んで、何度も講演に招いていたのを思い出す。
 私も、藤井先生の本が出版されるたびにずいぶん読んだものだった。

          藤井治夫の本1

 私が衆院議員になった時、先生はとても喜んでくださった。私の勉強会(三水会)に必ず出席されて、いろいろと教えていただいた。会のあとには必ず呑みに行って、藤井先生や元・朝日編集委員のIさんらと共に語り合うのが何より楽しかった。

         藤井治夫1
          (私の議員2周年祝う会で挨拶される藤井先生。02年7月12日)

 また、先生は有事法制の特別委員会に参考人として出席され、閣僚や官僚たちに向かって「君たちは過去の歴史や法律を、もっと勉強しないとだめだよ!」と諭されていたのが印象深かった。

          藤井治夫の本2

 数年前に体調を崩して入院されてからは、手紙などを出すのも遠慮して、快復されるのを願うばかりだった。
 改憲を叫び、参院選に圧勝した安倍自民党が、「戦争できる国」へと突き進む姿を、あの世からどうご覧になっているだろうか?
 いまはひたすら、心よりご冥福をお祈りいたします。
                                            合掌

夏の夜空 宇宙にはロマンがある

  きょうは参院選の投票日。全国の結果が分かるのは明日になる。メディアの“誘導”報道はもっと問題にしないといけないと思う。在日ドイツ人記者は信じられない顔つきで、日本の報道のあり方に疑問を投げかけていた。

 ところで、七夕はすでに過ぎたけど、夏の夜空は最高だ。ときどき、ふっと星空を眺めることがある。現世の嫌なことなどをしばし忘れ癒してくれる。

      マゼラン雲

 私は、若いころから“宇宙もの”が大好きだった。
 宇宙が“ビッグバン”により誕生して137億年。私たち人類が住む地球に生命が誕生したのが約40億年前と言われる。地球は「太陽系」に属し、その太陽系は「天の川銀河」の片隅にあり、それは他の銀河と一緒に「銀河団」を形成し、そのスケールは10の23乗メートル。そうした銀河は数千億個もあるという。

        生命大爆発の秘密

 宇宙はどうやって始まったのか?私たちはなぜこの宇宙にいるのか?宇宙は膨張していると言うが、その外側ってあるのか?宇宙はこれからどうなっていくのか?――興味は尽きない。

            宇宙の本

 アナログ時代に、「宇宙・未知への大紀行」や「生命40億年はるかな旅」などを録画して食い入るように観た。本では、「ハッブル望遠鏡が見た宇宙」や「すばる望遠鏡の宇宙」(いずれも岩波新書)などを必死に読んだ。

      コズミック・フロント

 そしてデジタル時代を迎え、BSプレミアムでは「コズミック・フロント」というシリーズが続いていて、実に面白い。また、2年前にベストセラーとなった「宇宙は何でできているのか~素粒子物理学で解く宇宙の謎」(村山斉著、幻冬舎新書)がとても分かり易く、入院前に一気に読んだ。

      村山斉

 一番気になる「宇宙に終わりはあるのか」という最後の部分を紹介すると、
――「宇宙の膨張は減速せず、加速していたのが分かったのは10年前。アインシュタインの理論とは矛盾する」「“暗黒エネルギー”の正体はまだ何も分かっていない」「宇宙の膨張速度が無限大に達したときに起こる現象は『ビッグリップ』と呼ばれ、宇宙の“終わり”と言わざるを得ない」。

           ヒッグス粒子

 「宇宙の根源」はかつて哲学者たちのテーマだったけど、いまやそれを科学が解き明かそうとしている。私たち一人ひとりの人生や生活と深いところでつながっているのだと、村山教授は力説している。

      華麗なる土星

 天を仰ぎ見ると美しく輝くお星さまの多くは、膨張・収縮のあと消滅している姿だったのだ。
 このロマンに満ちた遠大な宇宙に比べて、やれアベノミクスだ衆参のねじれだと政治のあれこれが小っちゃく思えてきた。
 …と、「パソコンの前に座ってないで、早く投票に行ったらどうなの!」という妻の声で、現実に引き戻されてしまった……。

あの宮崎駿監督も憲法を変えるなと言っている

  今朝の長崎新聞で、あの宮崎駿(はやお)監督が憲法「改正」に反対しているとの記事があった。さっそく、「スタジオジブリ」で検索すると、小冊子「熱風」の7月号特集が「憲法改正」で、大きな反響があったとのこと。書店では品切れになったので、特別にPDFを無料ダウンロードしますとあった。

     宮崎駿監督
      (宮崎駿監督)
 
 宮崎駿と言えば、いまや人気アニメ界の第一人者で、子どもから大人までファン層も広い。私も、TV放送のたびに録画してきたが、一番好きなのは「となりのトトロ」で旧パソコンのトップ画面にしていた。

     となりのトトロ
      (となりのトトロ)

崖の上のポニョ    もののけ姫   千と千尋の神隠し   天空の城ラピュタ   風の谷のナウシカ


 その宮崎監督が、「熱風」誌上で「憲法を変えるなどもってのほか」という一文を寄稿している。語る言葉が分かり易く、ホンネをさらけ出しているところに好感がもてる。

 少し紹介すると、
――「選挙をやれば得票率も投票率も低い。そういう政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほかです」「政府のトップや政党のトップたちの歴史感覚のなさや定見のなさには、呆れるばかりです」
――また、慰安婦問題はきちんと認めて謝罪し賠償すべき。一方、災害救助などで活躍する自衛隊は認めていいが、国防軍にすれば領土問題などにケリがつくという問題ではないとも述べている。
 そして、「最後に一言だけ言うとすれば、『流行っていることはやるな』ということ」と結んでいる。

    風たちぬ2

 きょう20日は、最新作「風たちぬ」の公開日だ。“宮崎駿の遺言”と言われるほどの集大成らしい。久しぶりに映画館に行って観ようかな。

文民統制が危ない!運用企画局の廃止

  参院選も最終盤を迎えたが、その隙を衝くように防衛省の「運用企画局」が来年度廃止される。
 日本は、過去の戦争の反省から、自衛隊に対する厳しい文民統制(シビリアン・コントロール)を敷いてきた。

           13.7.18朝日・文官、運用企画局廃止へ
             (朝日新聞 13年7月18日付)
 ところが、90年代に入ると、PKO派遣や日米防衛指針見直しなどを契機にして、「制服組」の権限が強まり文官による統制は緩んできた。

      首都ジュバを行進する陸自隊員
        (「防衛白書」24年版より)
 
 とくに、「守屋次官=山田洋行事件」以来「制服組」はすっかり萎縮し、イラク戦地派遣で「制服組」へ口出しできないほどになったらしい。今では、防衛相補佐官に統幕OBが起用されるまでになった。私が、こうした「文民統制」の機能不全についてレポートしたのは4年前だった。

           シリーズ:戦争と平和
             (「長崎消息」09年6月号より)
 
 来年度から、自衛隊の運用は「制服組」の統合幕僚監部に一元化される。自民党が掲げる国防軍創設に先行する仕組みの変更である。
 国会では与野党を問わず、「軍の独走や侵略などありえない」「現場のことはプロ集団に任せよう」といった空気に包まれている。自ら「文民統制」を放棄したに等しい。

       防衛省の組織図
         (「防衛白書」24年版より)

 国際貢献の美名下で「海外での武力行使」(集団的自衛権)を認め、日米同盟の深化を理由に米国流“侵略”に加担する。このままでは、自衛官が海外で“血を流す”事態もそう遠くない。残念ながら、この分野に国民の関心は薄く、まるで“火事場泥棒”に等しい所業だ。

      海兵隊との共同訓練
        (「防衛白書」24年版より)
      国産10式戦車
       (「防衛白書」24年版より)

 「軍産癒着」や「自衛官の人権」などの観点から、政治と自衛隊の暴走に歯止めをかけよう!そのことが “第九条”を活かすことにつながると思う。

米艦船8隻の佐世保配備は無用の長物だ

 今回は、佐世保配備の米艦船について説明したい。
 佐世保の米海軍基地は、必ずしも増強の一途をたどったわけではない。
 米国がベトナム戦争で敗退した75年を境に、佐世保にもその影響は及んだ。まず、佐世保を母港とした工作艦や補給艦が去り、第3補給戦隊の司令部もフィリピン(スービック海軍基地)へ移駐した(76年)。

 75年、米太平洋軍は佐世保基地の機能縮小を発表。基地の一部返還を<即時・逐次・調整後>に分けて実施、日本人従業員もさみだれ的に解雇が続き、名称も「佐世保弾薬廠」と変更した。

              潜水艦ダーター
              (潜水艦「ダーター」 このタイプはすべて退役した)
 ところが、イラン革命やソ連のアフガン侵攻(79年)など国際情勢の緊張が高まる中、80年7月、佐世保基地は復活した。これを契機に、潜水艦や揚陸艦などの配備が始まった。 
潜水艦「ダーター」(79年)に始まり、貨物揚陸艦「セントルイス」(83年)、潜水艦「バーベル」(85年)、輸送揚陸艦「ダビューク」(85年)、戦車揚陸艦「サンバーナディノ」(86年)、救難艦「ビューフォート」(87年)と続いた。

ボノム・リシャール
 (強襲揚陸艦「ボノム・リシャール」 )

      ジャーマンタウン
       (ドック型揚陸艦「ジャーマンタウン」)
       
      アベンジャー
           (掃海艦「アベンジャー」)
          (※上記3枚は、Y市議のブログより転載)
 
 冷戦後、強襲揚陸艦「ベローウッド」(92年)が配備されて、他の揚陸艦3隻と共に「第11水陸両用戦隊」が編成され、海外で唯一の部隊となる。掃海艦も4隻配備されて「第7掃海戦隊」が編成された。
 現在の配備艦船は、次のとおり。
  ・強襲揚陸艦「ボノム・リシャール」、輸送揚陸艦「デンバー」
   ドック型揚陸艦「ジャーマンタウン」、「トーテュガ」
  ・掃海艦「アベンジャー」「ディフェンダー」「ガーディアン」「パトリオット」

      配備艦船一覧
         (佐世保市「基地読本」より引用)
   
 横須賀にも原子力空母やイージス艦など10数隻が配備されているが、果たしてこうした海外配備が必要なのか?
 少なくとも軍事的には殆ど意味がなく、米国にとっては専ら政治的な意味合いと財政負担が安上がりで済む、といったところだろう。

       原子力空母ジョージ・ワシントン
       (横須賀の原子力空母「ジョージ・ワシントン」)

 例えば、朝鮮半島有事の場合、佐世保の揚陸艦は沖縄まで南下して海兵隊を乗せ、再度北上して戦場に向かうという時間的ロスが大きい。また、沖縄の第31海兵遠征部隊は約2千人で戦争できるはずもない。イラク戦争で見たとおり、現代戦はミサイルでほぼ決着がつく。海兵隊の仕事は、せいぜい戦後のお掃除くらいのものだ。

 米議会で海兵隊不要論が噴き出すのも、当然だろう。海、空とも輸送力は、昔に比べ格段に早く大量輸送が可能な時代だ。部隊を前線に配置する必然性などないのだ。
 各国とも、兵力を本国に戻し“専守防衛”に徹することから、軍縮に取り組んでみたらどうだろうか。
 佐世保から米艦船が米本国に帰れば、米兵犯罪も半減するに違いない。

贅沢すぎる米軍住宅と高速道路の“謎”

  梅雨は明けたのに、わが家の周辺ではセミの鳴き声が聞こえない。妻は「鳴きよるたい」と言う。老人性難聴にでもなったのだろうか?庭の木には必ずセミの抜け殻が見つかるけど、今年はまだない。

     西九州道(高架式)
     (西九州自動車道)

 ところで、高速道路で佐世保に来られた方は、佐世保みなとICと佐世保中央IC間が妙に短く、しかも市街地を突き抜けていることにと気づかれただろうか?米海軍がらみのいわく付き高速道なのだ。
 IC間はたった2.9km(普通だと5kmはある)、建設費は1km あたり196億円で全国平均の約4倍だ。

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     (テロ対策を理由に防護屋根を張った高速道。右側が海自総監部)

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    (08年1、2月 週刊誌で道路・米軍がらみの利権を告発された久間・元防衛相)

 地元の経営者らによる「佐世保景観研究会」は、港の景観が損なわれしかも高架方式だと費用も高くつくとして、建設省(当時)にコース変更を求めた。ところが、同省の官僚は「軍用道路としての側面もある」として断ったという。

     米海軍佐世保基地メインゲート
      (米海軍メインゲート)

 米軍は、有事に備えて在韓米軍家族らを福岡経由で佐世保基地まで避難させる必要上、また、針尾の米軍住宅から基地ゲートまでわずか30分で行けるという利便性から、異例ともいえるIC設置を求めた訳である。

      米軍住宅
       (異様な擁壁と米軍住宅)

 さて、基地ゲート近くにICを作ることにより、米軍住宅の一部(ドラゴンハイツ地区)が立ち退きとなり、その代替住宅をEMクラブ跡地(日本に返還されていた)に作った。森林をすべて伐採して造成し、異様な擁壁を築いて8棟11戸を建てた。

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       (ドラゴンハイツの新住宅)
 費用総額はなんと28億円(1戸あたり2億5千万円)で道路予算が使われた!米海軍が付けた呼び名は「フィドラーズグリーン地区」(船乗りが死後に行くと信じられている“水夫の楽園”という意味)、悪ふざけにも程がある。
 しかも、立ち退く必要がなかった住宅も、老朽化を理由に低層・高層の豪華な住宅(88戸)が建てられた。

 米軍が策定したマスタープラン(90年)によると、佐世保で必要な米軍用住宅の数は約1千戸であった。佐世保基地への配備米艦船数が増える(現在8隻)につれ、必要戸数も増えた。

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       (針尾地区の米軍住宅)

 これまで建設された米軍住宅は、中心部(ドラゴンハイツ88戸、ドラゴンベール123戸、フィドラーズグリーン11戸)のほかにハウステンボスに隣接する針尾住宅(532戸)もあり、総計754戸である。そのほとんどが「思いやり予算」で建設された。

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      (針尾住宅の東ゲート)
 針尾住宅は、工業団地用に造成した県所有地の一部(21万5千㎡)を取得し、その後随時追加提供されて、教会・売店・理容店・診療所・学校・保育園などの施設が整っている。 
しかも、住宅の広さは平均約40坪(県営アパートは20坪)で豪華マンション並み、将校用の一戸建てはもっと広く毎晩ホームパーティが開けると噂されたものだ。光熱水料もすべて「思いやり予算」負担なので、エアコンをつけっぱなしで一週間グアム旅行に行ったというエピソードもあるほどだ。

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       (07年3月に完成した針尾中層住宅・44戸)
     ※針尾住宅の写真3枚は、Y市会議員の了解をえて彼のかつてのブログから借用しました。
 
一方、米国は、80年代末から継続的に国内基地の閉鎖・統合をめざましく進めてきた。今後10年間で国防費も4千9百億ドル(約38兆円)削減する計画だ。
海外基地も撤収の時期が来ている。在日米軍は、いまや米国にとって政治的理由で、日本の政治家・官僚にとっては利権的理由から存在しているに過ぎない。

年賀状と暑中見舞い状作りは楽しい

 13年暑中見舞い状

  梅雨が早く明けた途端に、すごい猛暑。熱中症で病院へ搬送というニュースが連日流れている。気取るつもりはないけど、“脱原発”を主張する以上エアコンはまだ我慢している。水分と塩分は程よく補給して、熱中症には気をつけている。   
        88年
            (わが家も築25年経った)
         89年
          (次女のとって初めてのお正月)

 暑中見舞い状は早くから準備していたので、さっそく添え書きして投函した。
 私の趣味で、結婚いらいの年賀状と暑中見舞い状はすべて「作品集」として、アルバムに貼ってある。主な作品をすべてお見せしたいが、娘らから「勝手に公開しないでよ!」って怒られるのは見えているので、節目のものだけ披露したい。
          95年
           (義父が亡くなっても、忌明けしたので作った)
          00年
            (衆院選出馬の年)        

 作成は、カット集から適当にコピーして、絵のまわりに言葉をつける。見出しは、新年を迎える抱負などをフレーズにする。プリントは、必ず「プリントゴッコ」を使ってきたが、数年前に製造中止になった。年賀用のカット集も書店から消えた。
今は、パソコンで多様なイラストをダウンロードして使うことができるので、手工業的なものは駆逐された格好だ。
       12年
         (11年11月に入院、退院は12年6月だった)
 
 ひと頃は、年賀状300枚、暑中見舞い状150枚を作っていたが、三人の子どもたちが社会人となったこともあり、年賀状150枚、暑中見舞い状30枚に絞り込んだ。このスタイルの年賀状が果たしていつまで続くか、しつこくこだわってみたい。

横瀬貯油所の油流出事故とLCAC新駐機場

  例年より11日も早く梅雨が明けた。東日本側から明けるのは極めて珍しく、「伊勢湾台風」の時がそうだったとTVで解説していた。各地とも、連日30度を超える猛暑となりそうだ。

     横瀬貯油所
       (横瀬貯油所)

 基地の3回目は、貯油施設とLCACについて説明したい。
 佐世保港内には三カ所(赤崎、庵崎、横瀬)の貯油施設がある。総貯油量は最大43万キロリットルで、米第七艦隊の全艦船が3か月間行動するのに必要な量を補えるという。

           米海軍油流出事故の真相
            (軍事問題研究会の故・佐々木竹一会長が作成)

 81年、横瀬貯油所(西海市所管内)から大量の油流出事故が生じた。1月31日に漏れ始めた油の総量は350トン(ドラム缶2千本)で、対岸の俵ヶ浦湾にまで流れ込み、魚介類が全滅するという被害をもたらした(当時、社会党の調査による)。
 ところが、米海軍は、油の流出量を偽り、日本側の調査を拒否した。

           LCAC.jpg
           (轟音をたてて港内を航行するLCAC)

 米海軍は、05年より揚陸艦搭載のLCAC(エアクッション型揚陸艇)6隻を崎辺地区の補助施設に駐機して、エンジンテストなどの運用を繰り返してきた。
佐世保市は、LCACの騒音(最大80デシベル)を問題視して再三運用中止を求め、火曜と木曜日の午後3時間に運用を限定した。

      崎辺地区
       (崎辺地区 右側が3台のLCAC 「基地問題白書」より 96年)
 
 米海軍は、横瀬貯油所の海面を埋め立てによりLCAC12機を収容できる新駐機場建設を計画。米海軍ホームページによると、「運用が制限され、格納庫や修理施設などもなく不便」だとの理由が記載され、後日、削除されたとのこと。(在日米軍基地のサイトより引用)

          LCAC学習会のビラ
                 
 移転問題の発生と同時に住民の間から反対運動が起こり、私は学習会に招かれたことがある。女性町議(共産党)がとても熱心に反対活動を行なっていたのを覚えている。
結局、99年12月、西海町(現・西海市)の議会と町長は、地域振興策や漁業補償などの条件により、建設反対の住民請願を否決して受け入れに同意した。

             LCAC住民説明会
              (LCACの甲板上で米海軍の説明を受ける西海市住民)

 新しいLCAC駐機場は12年3月に完成し、今年3月、すべてのLCACが同駐機場に移転した。当初の総工費見積り(約150億円)は、最終的に予算ベースで約250億円に膨らんだ。すべて「思いやり予算」によるから、米海軍にとっては願ったりかなったりである。

 何かにつけて日本のおカネを当て込む米軍と、その米国に媚を売る政治家、ここぞとばかり公共事業にありつく土建業者、補償金目当ての漁業関係者……こんな調子で財政規律は乱れて借金が膨らみ、市民の自立心は萎え、豊かな自然が食い物にされる。安倍首相はいったい何を「日本に取り戻す!」と言うのか?

弾薬庫の移転・新設は認められない!

  佐世保基地の2回目は、弾薬庫について説明したい。
 佐世保には、前畑地区と針尾地区に二つの弾薬施設がある。

     前畑弾薬庫
      (前畑弾薬庫 パゴダ様式の屋根付き。22棟)
     前畑・トンネル式弾薬庫
      (前畑弾薬庫 トンネル形式。12棟)

 前畑弾薬庫(正式名称:佐世保弾薬補給所)は、明治時代(1888年)に作られ、戦前は旧日本海軍が整備して使用していた。終戦後(45年)米軍が接収(略奪)して現在まで使っている。

    前畑弾薬庫2
      (前畑弾薬庫の航空写真)

 弾薬庫の後背地は、新興住宅地域として開発が進み、学校・保育所など公共施設も整備されて、弾薬庫から近接60mしかない危険な状態となった。

         佐世保基地・弾薬部長
        (93年3月23日NBC放送 お金がないので日本が負担してと語る弾薬部長)

 米海軍も、弾薬管理の不都合などから、独自調査により「針尾弾薬庫への移転・集約」の検討を完了(88年)。NBC(93年3月23日)や長崎新聞(93年5月2日)がそのことを報道した。

 湾岸戦争の時(91年)は、同弾薬庫から大量の弾薬が輸送船に運び出され、私も監視に行ったものだ。
 また、99年以来、大分県日出生台での海兵隊実弾砲撃演習の際には、両弾薬庫から155ミリりゅう弾砲などが同演習場まで高速道路経由で陸送されている。

   弾薬庫の米軍資料
     (左・前畑弾薬庫 右・針尾弾薬庫)

 93年6月、社会党の国会議員団(団長:上原康助)が同弾薬庫を視察した折、私も同行した。米軍の説明によると、前畑と針尾合わせて約2千種類・4万4千トンの弾薬を貯蔵している(上図を参照)。

 95年、阪神・淡路大震災が発生、弾薬庫内で米兵が銃自殺する事件まで起きて、住民による弾薬庫返還運動が始まる。

   針尾弾薬庫

 一方、針尾弾薬庫(正式名称:針尾島弾薬集積所)は、野積式の弾薬庫で使い勝手が悪く、米海軍は大型船舶が接岸できる岸壁まで備えた近代的弾薬庫を求めた。他人の湾を勝手に埋め立てて新設備をつくり、費用(約1千億円)は他人の懐(思いやり予算)をあてにするなどという事が許されていいはずがない。

          針尾弾薬庫の新計画
            (合意された針尾弾薬庫新計画)

 結局、07年6月、日米両政府は米海軍の思惑通りの計画で基本合意した。しかも、前畑弾薬庫の返還が実現するのは、米軍住宅の不足(約400戸)が解消されてからというから、ふざけた話しだ。

      前畑弾薬庫の火事
         (燃え盛る前畑弾薬庫内の作業所 2006年10月21日)

 その前年には、前畑弾薬庫内で木工作業所が全焼する火災事故が発生した。隣接する爆弾の加工作業場に延焼していれば、大惨事となるところだった。
 ところが、米海軍は、市役所へ連絡もせず、協定に基づく市消防局の応援出動も拒否したのだ。いったいどういう神経なのか呆れ果てる。

 財政難で国防費削減中の米国が、総費用・自己負担だったら、こんな贅沢な弾薬庫移転・新設など及びもつかないだろう。

「ガンは怖くない」~医療の研究・応用に期待する

  梅雨のさなかに、参議院選挙が始まった。候補者が少ない(長崎選挙区は4人)せいもあって、選挙者の騒々しい音がほとんど聞こえない。

 ところで、私の病後の診察は、現在、4週間に一回、診察前に必ず血液検査を受ける。退院してから食事制限が続いていたが、5月の診察で「今のところ再発の兆候はなく、経過も良好なので、普通の食事に戻ってよい」との診断が出た。生ものが食べられるのがありがたい。

総合病院1

 きょうの診察でも、まったく異常なしだった。採血を待っている時、顔見知りの日教組のHさんとバッタリ出会った。――「どうしたんですか?」と訊ねる。「膀胱ガンで2回手術して、きょうは診察日です」との返事。「再々発の兆候はないか、内視鏡検査の映像を見る時が一番不安で嫌ですね」と渋い顔。「そうですよね」と思わずうなずいて同調する。
 
 長年の友人にもガン罹患者がかなり多い。高校の同期生では、私が知るだけでも5人がガンで亡くなった。自宅に見舞いにきてくれた従弟も、ガンと20年間戦っていると初めて聞いて驚いた。担当医の先生が「ガン発症の確率は二人に一人」と言われたのは間違っていなかった。

             iPS治療

 最近は、「抗がん剤は命を縮める」といったような本も売れているそうだけど、果たしてそうだろうか?リスクは伴うけど、抗がん剤治療が必要な患者もいると思うのだが…。医者との信頼関係がなければ、助かる命も助からないように思う。
「医薬品の目覚ましい開発で、最近は臓器ガンなどより血液ガンの方が生存率は高くなっていますよ」、と医薬品の研究・開発に取り組んでいる大学後輩は説明するが、単なる気休めの言葉とも思えず勇気をもらった。

 大病を患ってからは、政治だけでなく健康や病気治療に関する記事に目が向くようになった。最近大きな注目を浴びているのが、「iPS細胞」の臨床研究・応用である。iPS細胞を使った再生医療の計画は、脳・目・心臓・脊髄・血液に及ぶという。まだ安全性を確認する段階で、実用化には時間を要するようだけど、私たち罹患者の期待は大きい。

              “研究者の皆さん ガンバレ~!!”

赤崎岸壁と原潜問題

  SSKと基地問題で書いたように、佐世保の基地(米軍、自衛隊)の現況について数回に分けて説明したいと思う。

        佐世保港・全景2
          (佐世保港の全景)

 米海軍の施設(基地)の殆どは、占領時代に旧日本海軍の施設を接収(奪い取った)したもので、二つの弾薬施設と三つの貯油施設(内、一つは西海市)それに米艦船8隻の母港となっている。とくに、佐世保港水域の83.2%が米軍による制限水域となっているのは、全国に例がない。

        赤崎岸壁
           (赤崎岸壁)

 今回は、赤崎岸壁と原子力潜水艦(略称「原潜」)について説明する。
 背後に貯油施設を抱える赤崎岸壁は、因縁曰く付きの岸壁である。
 日本に初めて原潜が寄港したのは佐世保で、「シードラゴン」という名前である。(全国規模の反対闘争が取り組まれたことは、6月22日のブログに書いた)

     空母の原子炉
   (空母の原子炉。 原子力空母の横須賀母港化を許さない全国連絡会のパンフより)

 米海軍は、原子力艦について「寄港24時間前の通告」を約束し(覚え書「エード・メモアール」)、係留場所は、「住宅地域から500メートル以上離れた所」と明言してきた。原潜の原子炉は電気出力約5万kwと推定され、港深奥部の「1号ブイ」に係留してきたが、冷戦後、民家から250メートル程の赤崎岸壁に係留するようになった。
ところが、01年の「9.11米国同時テロ事件」以来、米海軍は「24時間前の通告」を公表しないようにした。
             原子力艦の災害対策マニュアル
              (原子力艦の原子力災害対策マニュアル)
 
 私は、この問題を国会(衆院予算委員会第一分科会)で質問した折、政府は「そのような数字は承知しない」とシラを切った(01年3月2日)。しかし、3年後、原子力安全委員会や中央防災会議が「原子力艦の原子力災害対策マニュアル」を策定し、「避難を計画する範囲」として原子力空母は1km以内、原潜は0.5km以内と明記した(04年3月)。初寄港から40年を経過しての出来事である。

          避難訓練
           (原潜事故想定の防災訓練)

 佐世保、横須賀両市は、このマニュアルに基づく防災訓練を04年より毎年1回行うようになった。だが、肝心の米海軍は「原潜事故を想定した訓練には参加できない」として参加を拒否している。

         隠された核事故
          (「隠された核事故」梅林宏道著 創史社)

 だが実際には、米国やロシアなどの原子力艦の事故は何度も起きている。(「隠された核事故―恐怖の原潜、核兵器」梅林宏道著、創史社を参照)
 また、米原子力艦の原子炉や核兵器の事故被害を分析した「デイビス・レポート」(88年)は、当時、関係自治体に大きな衝撃を与えた。

              放射線測定を規制
                (長崎新聞 2008年3月7日付)

      原潜&潜水艦母艦
    (赤崎岸壁:潜水艦母艦に接舷する原潜サンフランシスコ 13年5月15日
     「リムピース」より)

 実際、佐世保でも原潜「ソードフィッシュ」の放射線異常値事故(68年)や赤崎岸壁に係留中の原潜「ラ・ホヤ」のケーブル火災事故が起きている(04年)が、米海軍は情報を隠し事故を否認する。
 陸上には、放射線測定のモニタリングポストが5カ所に設置され、海上でも空中・海水・海底泥などの測定をしているが、実は、このモニタリングを巡っても日米の“密約”が存在する。核問題研究家の新原昭治さんが米公文書館から入手した資料に示されていたのだ。

99.11.13キャロル・ジャンコウさん
(1999年11月13日 サンディエゴ湾内の船上 中央の女性がキャロル・ジャンコウさん。
  左端は日本人通訳)
 私は、99年、佐世保地区労の米国基地調査団の一行とサンディエゴを訪れた。サンディエゴ湾には何隻もの原潜が係留されており、地元の環境・平和団体の女性リーダーキャロル・ジャンコウさんは「湾の周辺・風下地区には白血病罹患者が異常に多い。原因は原潜にあると思う」と語っていた。

   崎辺地区
 (崎辺地区 96年当時の写真。現在は右側のLCACは西海市の新駐機場に移転した)

 佐世保市議会は、98年、「新返還6項目」を決議して赤崎岸壁の一部返還(SSKの一時使用地区、※09年3月までに返還実現)を求めているが、周辺住民の命と健康に係る原潜係留問題には一行も触れていない。同市議会の基地対策特別委員会は、「新返還6項目」の見直しを検討しているが、米海軍LCAC跡地の返還と併せて海自・潜水艦誘致を求める声も出ていると聞く。呆れて開いた口が塞がらない!

“たかがマンガ されどマンガ”

  沖縄では早くも梅雨明け宣言がでた。

       ヤン坊マー坊
       (朝日新聞 13年6月15日付)

 “ぼくのなまえはヤン坊♪ぼくのなまえはマー坊♪”というおなじみのCMソングが、先月末で消えた。農機メーカーのヤンマーが天気予報サイトを閉じたからだ。テレビに登場したのが59年だから、半世紀以上も子どもたちに親しまれてきた。
私の子どもたちも、ぐずっていた時にこのCMが聞こえると、途端に泣き止んだものだ。

       まんが日本昔ばなし

 幼稚園の頃からは、テレビで人気ナンバーワン(と私が勝手に思っている)の「まんが日本昔ばなし」で育ったようなものだった。
 VHSテープに約300話分を録画して、くり返し観ていた。熱があってもこのまんがを観ると機嫌が直ったものだ。

      DVDまんが日本昔ばなし
 
 この番組の放送開始が75年、94年で終了する。ナレーションは市原悦子と常田富士男、主題歌「にっぽん昔ばなし」とエンディング・ソング「にんげんっていいな」が好評だった。全体で1474話。05年から06年にかけてデジタル版で再放送されるが途中で中止となり、毎日放送には何千通もの放送再開を望む声が寄せられたらしい。現在、DVD版がセットで販売されているが、値段が高い。

  にほんの昔ばなし

 現在は、毎週土曜日(午前11:30、BSジャパン)に「ふるさと再生日本の昔ばなし」(昨年4月スタートで65回)が放送されているのを、毎回予約録画してDVDにダビングしている。

        おむすびころりん

 ところで、私はマンガが大好きだ。子どもの頃は、赤胴鈴之助や矢車剣之助が大人気で、「週刊少年サンデー」「週刊少年マガジン」をよく読んでいた。白土三平の作品と出会ったのは、たしか貸本屋にあった「忍者武芸帳」で、働くようになって最初に買ったのがその愛蔵版だ。

        赤胴鈴之助
         (赤胴鈴之助)

 バロン吉本の「柔侠伝」シリーズ、ちばてつやの「ハリスの風」、横山光輝の「水滸伝」「三国志」など中国史シリーズ、水島新司の「あぶさん」「ドカベン」、ジョージ秋山の「浮浪雲」、かわぐちかいじの「沈黙の艦隊」、そして何より白土三平の「赤目」から「カムイ伝」までの作品集…いまさら、よくぞこれほど買ったものだと独りで呆れている。置く場所がなくて、押し入れに収めている。

      マンガ本1

      マンガ本2

 一風変わった漫画家は、小林よしのり。「おぼっちゃまくん」などがヒットしたが、絵は下手で下品。「ゴーマニズム宣言」(92年)がヒットして、ギャグから思想・政治的路線に転向、改憲と脱原発を主張する評論活動で若者のファンも多い。

       ゴルゴ13
        (ゴルゴ13)
 
 さいとう・たかをの「ゴルゴ13」は、68年以来現在も「ビッグコミック」誌で連載中。フィクションとはいえ国際政治をリアルに描く、その構想力は凄い。プロダクションのスタッフは50人を超え、単行本は168巻を数えてファン層も広い。
 水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」はNHKの朝ドラにもなり、知らない人はいない。

 子どもに有害なマンガの氾濫には困ったものだ。子どもに夢を与えるマンガであって欲しい。
             “たかがマンガ、されどマンガ”
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今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)