ジプチに自衛隊初の海外基地

  「自衛隊の海外基地」というトップ記事があった――今朝の朝日新聞の連載「アフリカはいま」に載っていた。

自衛隊の海外基地
(朝日新聞2013年5月30日付)

 「ジプチ」……米軍がアフリカをにらむ唯一の拠点とされる。旧宗主国のフランスのほかに、ドイツやスペインは仏軍基地を間借りしている。

 日本が、ソマリア沖の「海賊対策」を理由に自衛隊を派遣したのは09年3月。「海賊対処法」の成立が同年6月である。それほど目立った反対運動は起こらなかった。

海賊対処法
(朝雲新聞2009年6月25日付)

❝武装解除人❞で有名な伊勢崎賢治さん(大学教授)が、ソマリア派遣になぜ猛反対しないのかと怒り「憲法九条は日本人にはもったいない」と皮肉った。
私が、ネットワーク市民ながさきに招かれて講演したのもその頃だ(09年1月)。

伊勢崎賢治氏
(朝日新聞2009年5月2日付)

 派遣されたのは、タンカーなどの警護に護衛艦、海賊警戒に対潜哨戒機P3Cやヘリ、輸送機C130、それらの警護に陸自部隊と、陸・海・空三自衛隊の❝統合運用❞である。

防衛白書より
(24年版防衛白書より)

 やがて忘れられた頃、ジプチに「恒久基地」が完成した(11年7月7日)が、「朝雲新聞」以外にほとんど報じられることもなかった。まさしく、「戦後初の海外基地」の誕生なのにである。

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 なぜ、アフリカなのか?テロリズムの拡散もさることながら、「豊富な資源」が狙いであることは歴然としている。とくに、中国の進出と経済援助は凄まじい勢いだ。アフリカ各地で❝チャイナタウン❞が出現している。❝人類発祥の地❞と言われるアフリカは今なお、貧困・飢餓・疫病や紛争で苦しみ疲れ果てている。

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(「シリーズ:戦争と平和を考える」。近日中に貼り付けます)

 明後日から三日間、横浜市でアフリカ開発会議(TICAD)が開催される。各国による❝開発・援助❞合戦で、環境破壊がいっそう進むのではないか。なんとも憂鬱な気分だ。
 (この記事を書いている時、NHKクローズアップ現代で「アフリカ市場をねらえ~ニッポンの新戦略」が放映された)
 (※ 佐世保基地からは護衛艦「ゆうだち」がソマリア沖に派遣中である。)
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影絵と切り絵が素晴らしい

 今朝の新聞に、影絵作家・藤城清治さんの記事が目にとまった。「暮らしの手帖」で約50年にも及ぶ影絵連載や、ケロヨンの生みの親として知られるとあったが、私は知らなかった。89歳にして現役、長年メルヘンを描いてきたが、震災後は被災地に行って風景をみつめているという。

ススキの里
(福島 原発ススキの里)
藤城清治の影絵
(藤城清治の影絵)

 記事の中の影絵「福島 原発ススキの里」は、紙を切って貼る作業を1万回ぐらい繰り返し、1か月ほどかかったらしい。「一本一本、魂を吹き込むように切らないと納得できなくて…」と藤城さんは言う。また「いまは若いときのように無理がきかない。病気になったらそれを受け入れ、その中で生きる喜びを見いだしてきた。震災後の自然の姿と自分の姿は重なるところがあった」のだと。

滝平二郎の切り絵
(滝平二郎のカレンダーより「5月」)
滝平二郎の切り絵
(滝平二郎作「モチモチの木」)

西島伊三雄
(西島伊三雄のカレンダーより「こいのぼり」)

 私は、妻の大好きな「滝平二郎の切り絵」に魅入られた。毎年、滝平カレンダーを買って、絵だけ切り離して額に入れて部屋に飾る。結婚以来30年間ずっと続いている。九電が毎年お得意先に無料頒布する「西島伊三雄カレンダー」も、童の絵がほのぼのと愛らしい。

星野富弘の詩
(星野富弘の詩画集、2010年)

 長女は、星野富弘の絵が大好きで毎年カレンダーを買って飾っている。星野氏は、頸椎損傷で両手両足が不自由になり、入院中に口に筆をくわえて絵と詩を描くようになったという。

本田磨須先生
(紫陽花の花)

 紫陽花の絵は、本田磨須先生の作画。私が小学低学年の頃に習った習字の先生で、議員になった直後、40数年ぶりにバッタリ出会った。以来、毎年、干支の額絵と季節ごとの額絵を必ずいただいた。

 山下清の花火の切り絵は、長崎の「山下清展」で買ったもの(額縁付きで1500円)だが、ネット・オークションでは6万円の値がついている。

山下清
(山下清の切り絵「花火」)

 私が最も好きな白土三平の額絵は、議員時代に限定販売品(300枚)を買って(3万円もした!)議員室に飾ったものだ。

白土三平
(白土三平の画「カムイと熊」)
白土三平
(白土三平、81歳。カムイ伝第3部は出るのか?)

 額には飾ってないけど、いわさきちひろの絵もほのぼのとしてとても可愛く、妻に押し切られて全集を買ってしまった。

いわさきちひろ
(いわさきちひろ全集)
いわさきちひろの画
(いわさきちひろの画) 

 という訳で、わが家の部屋(トイレ含む)は額絵だらけである。季節が替るごとに差し替えるのも、気分転換にはちょうどいい。九州北部は昨日から❝梅雨入り❞、さっそく絵を差し替えることにしよう♪

稀勢の里の優勝ならず・・・

 う~ん…残念!7年ぶりの❝日本人関取の優勝❞はならなかった。名古屋場所の優勝は横綱白鵬、通算25回目の優勝を全勝(10回目)で飾った。白鵬は、数々の記録を塗り替えている。大関陣(4人)をはじめ強力なライバルがいないから当然かも知れない。
 
白鵬

 現在、三役力士10人のうち日本人は5人、両横綱(白鵬・日馬富士)と大関一人(鶴竜)はモンゴル勢が占めている。幕内でもモンゴル勢が多く、それ以外ではブルガリア・エストニア・グルジア・ブラジル・ロシアなど、大相撲の❝国際化❞は著しい。(国際化の始まりは、ハワイ勢の台頭だった。曙と武蔵丸の二人が横綱を務めた)
 
 日本人横綱は03年に引退した貴乃花以来でていない。そういう訳で、日本人横綱の誕生を待ちわびる人は多い。稀勢の里(大関)は早くから横綱候補として期待を集め、今場所優勝していれば、来場所が横綱挑戦場所となるはずであった(横綱昇進の目安は、二場所優勝もしくは優勝に準ずる成績とされる)。

稀勢の里
(琴奨菊に負けてうつむく稀勢の里)

 ところで、幕下優勝(7戦全勝)した大砂嵐はエジプト出身の力士で、来場所は十両に昇進してアフリカ出身初の関取となる。

大砂嵐
(幕下優勝した大砂嵐)

 ❝黒人勢❞は、米国のバスケや野球の主力選手を占め、オリンピック陸上のトップアスリートも黒人だ。しかし、「水泳」「体操」などではあまり見当たらず、途上国では施設不足、先進国では差別・貧困が障害となっているようだ。

 悔しいことに、大相撲ではモンゴル勢に後れをとり、囲碁でも日本勢は韓国・中国に及ばない。その原因の一つは、❝ハングリー精神❞の有無にありそうな気がするけど、どうなんだろう?

こうばるほたる祭り

 5月11日に「石木ダム」のことを書いたが、昨日、友人Iさんの車に便乗して石木川沿いで開かれた恒例の「川原(こうばる)ほたる祭り」に行った。団結小屋や見張りやぐらは昔のままで、とても懐かしい。

石木川
(石木川)
団結小屋
(反対同盟のパンフより)

 (午後7時開会だけど)5時過ぎに着くと、すでに出店や舞台の準備はほぼ出来上がっていた。長崎からは貸し切りバスで、「ホタルと棚田を見るツァー」の皆さんがやってきた。顔見知りの人々と久しぶりに会えたのが、無性にうれしかった。

主催者あいさつ
(主催者あいさつ)

  テントの中に入ると、焼きそば・ぜんざい・にゅーめんコーナー、おでん・焼き鳥・ビールコーナー、タケノコ・ぜんまいの佃煮・よもぎ餅コーナーなど実に賑やかだ。私は、販売担当の友人・Mさんの売り込みで「イノシシ肉の佃煮」(250円)を買った。

出店

 また、お祭りには付き物の「金魚すくい」。その隣ではおばあちゃんが幼い子らに「ホタルの籠」づくりを教えているのが、なんとも微笑ましかった。

金魚すくい

ホタルの籠づくり
(ホタルの籠づくり)

(※)最近、いろんなお祭りなどの場でも、お年寄りが子どもらに虫かごや竹馬・竹とんぼ
などの遊び道具づくりを教えている姿を見るようになった。おカネをかけず身近な素材を使
った手作り遊具、子どもらは店で買ったプラスチック製のものより自分で作ったものをとて
も大事にする。鉛筆も削れない、カブトムシは店で買うものと思い込んでる子どもらが多い
昨今、こんなちっちゃな❛文化の伝承❜は大事な気がする。
 私も子どものころ、器用な父から虫かご、竹馬、剣士(竹製)の作り方やスズムシの獲り
方などを教わった覚えがある。

 オープニングは和太鼓。薄暗くなったら、ステージではギター演奏やコーラス、ほーちゃんの電子紙芝居「ホットスポットとしての石木川」などイベントが盛りだくさんだった。

和太鼓
(大村からやってきた「和太鼓・壱鼓」)

ギター演奏
(佐世保から参加の「オトヒトツ」 左の楽器は「ジャンバ」)

電子紙芝居
(ほーちゃんこと石丸穂澄さん作の電子紙芝居 http://hozumix.blog32.fc2.com/)

豊かな自然
(反対同盟のパンフより、画:石丸穂澄)

 ステージも終盤のころ、真っ暗な中を歩くと、川や森でホタルがたくさん飛んでいた。ふと、私の手にホタルがとまった。とても可愛らしい。❛大乱舞❜が観れるのは6月に入ってかららしい。田んぼではカエルの大合唱だ。(ホタルの乱舞を写真に収めるのは難しく、イメージ写真を添付してみた。)
 
ゲンジボタル
(ゲンジボタル)
ホタルの群生
(ホタルの群生)

 こうばるの人々は言っている。――私たちは、先祖代々受け継いだこの素晴らしい自然を守りたいだけです。一生ここで暮らしたいと願っています。
 どんな理由があるにせよ、長崎県や佐世保市がこの大切な自然を壊す権利などあるはずがない。

「従軍慰安婦」と歴史認識について

  呆れ果てて、怒りを通り越して情けなくなる。橋下徹大阪市長のいわゆる「従軍慰安婦」をめぐる発言のことである。

新聞報道
(朝日新聞、2013年5月14日付)

 彼の理屈はこうだ。――戦う兵士を休息させ、軍の規律を維持するために「慰安婦」は必要で、各国にも慰安婦制度があった。日本だけが非難されるのは不当だ。「慰安婦」の強制連行が本当にあったのかどうか(疑問だ)。

橋下徹記者会見
(記者会見する橋下徹・日本維新の会共同代表)

  ⇒自由を奪われ尊厳を踏みにじられた元「慰安婦」の皆さんたちの数々の証言こそ真実ではないのか。

元「慰安婦」
(沖縄集会に出席した元「慰安婦」の金福童さん)

 日本維新の会の石原慎太郎・共同代表も「軍と売春はつきもので、歴史の原理みたいなもの」と橋下氏をかばった。さらに、西村真悟・衆議院議員は「韓国人の売春婦はまだうようよいる」と発言した。
 ⇒きょうの投稿欄に、旧陸軍2等兵だった方(87歳)が自分の実体験に基づいて「戦時中の日本人の意識の底に朝鮮人らへの蔑視があった」「『慰安婦』は多民族蔑視の制度だ」と語り、「政治家が多民族への蔑視に無神経な発言を繰り返せば、日本は世界で孤立してしまう」と警鐘を鳴らしている。(朝日新聞、2013年5月22日付)

石原慎太郎
(衆議院本会議場で談笑する石原(右)・平沼(左)両氏)

 また、沖縄を訪れた橋下氏は、在沖縄海兵隊司令官に「(米兵の性犯罪対策として)もっと風俗業を活用してほしい」と勧めた。――この発言に対し、米国防総省報道官は「言語道断で侮辱的。我々のポリシーや価値観からかけ離れている」と強く批判した。
 国内外から批判が相次いだのも当然だが、橋下氏は、「(自分の意見を)曲解して報道している」とメディアへ責任を転嫁した。

沖縄の米兵

 こうした発言の背景には、歴史認識に関する「河野談話」や「村山談話」の見直しを求める国会議員の言動があると思う。高市早苗・自民党政調会長は「侵略という文言を入れている村山談話は、私自身はあまりしっくりきていない」と語った。安倍首相も「侵略の定義は学界的にも国際的にも定まっていない」「(村山談話を)そのまま継承しているわけではない」と国会答弁している。
  (※1「河野談話」…1993年8月、河野洋平官房長官は、慰安所の設置や管理
     及び慰安婦の募集に軍の関与を認めて、「おわびと反省」を表明した。)
  (※2「村山談話」…1995年8月15日、終戦50周年にあたり、村山富市首相が
     閣議決定に基づき発表した声明。「わが国は、遠くない一時期、国策を
     誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略
     によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害
     と苦痛を与えました」「(このことは)疑うべくもない歴史の事実」として明確
     に認め、謝罪した。)


 いずれにせよ、元「慰安婦」の皆さんの筆舌に尽くしがたい苦痛をまったく無視し、女性の人権と尊厳を踏みにじる言動を決して許すことはできない。ましてや、こうした非常識きわまる発言が、東京・大阪という最大都市の首長(現・元)や閣僚・国会議員からなされるとは、まさに❛万死に値する❜と言うべきだろう。
 「過去に眼を閉ざす者は、未来に対しても盲目となる」とのヴァイツゼッカー元西ドイツ大統領の演説の一節を想起すべきである。

ヴァイツゼッカー元大統領
(ヴァイツゼッカー、1920年~)

マックス・ウェーバー(ドイツの社会・経済学者)によれば、政治家にとって決め手となるのは「判断力」と「品位」だと言う。判断力もなく品位に欠ける政治家は、この際退場願おう。

マックス・ウェーバー
(マックス・ウェーバー、1864年~1920年)

(追記)「従軍慰安婦」という呼称は、70年代に作家・千田夏光による造語とされ、80年代に広く使われるようになった。しかし、強制連行を問題視する女性団体などから、「従軍」いう語感に「自主的というニュアンスがある」との批判が出た。また、「慰安婦」という言葉遣いは実態を反映しておらず、「(戦時)性奴隷」と言うべきとの意見もある。
 私は、以上の点も踏まえた上で、「従軍慰安婦」という表現を使った。

趣味の囲碁について

  私の趣味のひとつは、囲碁。覚えたのが20代だから、かれこれ40年になる。少しも上手にならないが、❝へたの横好き❞である。

 日本棋院のサイト「幽玄の間」と出会っておよそ7年。アマ2段の棋力はあるはずだけど、幽玄では5級。愛好家が集まるのでレベルが高いみたい。入院期間中を除いて、毎日、「幽玄の間」で会話と対局を楽しんでいる(有料会員は月額2,100円)。入会の動機は、プロの対局(毎週木曜が定例日)が観戦できるからだった。会員(有料、無料)は、日本のほかに韓国、中国、欧米諸国など約1万5千人。

幽玄の間

 お互いにハンドルネームだから本名はわからないが、常連の皆さんと仲間になり住んでいる所や性別・年代などは分かってくる(なかには、女の子になりすましの変なオジサンもいるのだが)。私が退院後「幽玄」に顔を出すと、みんなが「馬さん、元気だったのか!」「帰ってきてよかった!」などと喜んでくれた(私は❝馬さん❞の愛称で親しまれている)。
 
 ふと、囲碁のことを書く気になったのは、購読している週刊「碁」の連載「お悩み天国」の記事。名誉本因坊治勲さんの気持ちに感銘したからだった。少し紹介すると――母校の統廃合中止を訴えて電車に飛び込み自殺した小5の少年に訴えかける。なんとか生きて欲しかった。死を選ぶくらいなら、いじめたやつらをボコボコにしちゃいなよ。ひと泡吹かせてやれ!もし、来世というものがあったなら、囲碁、やってみなよ。おもしろいよ。でも、プロにはならないでね。ぼく、負けちゃいそうだから。
 ボサボサ髪で鼻ひげ面、対局中は鬼神の如き治勲さんのやさしい一面を拝見して、無性に嬉しかった。

趙治勲

 趙治勲(チョ・チフン、韓国出身、56歳)といえば、70~80年代にタイトルを相次いで奪取、グランドスラムを達成した天才的棋士で、現在も活躍中。(現在の囲碁界では棋聖など七大タイトル中、井山裕太棋聖が一旦6冠を達成したが、その後結城聡9段に十段を奪われて現在5冠を保持)
 女流囲碁界では、三大タイトルを独占する謝依旻(シェ・イミン、台湾出身、23歳)が憎らしいほど強く、抜群の❝力戦派❞である。

井山裕太6冠
(井山裕太6冠を達成 24歳)

 好きな棋士は、いまは亡き加藤正夫・名誉王座。福岡県出身、優しい人柄で人望が厚く、04年、日本棋院の理事長に就任するが、同年暮れに脳梗塞で倒れ帰らぬ人となった(享年57歳)。私が囲碁を覚えたての頃、「本因坊劔正」を名乗っており、相手の大石を仕留める剛腕から❝殺し屋❞ の異名をとった。
 いまは、佐世保出身の溝上和親8段を同郷のよしみで応援している。トッププロに数えられ玄人好みの棋風と言われて強いのに、ビッグタイトルに縁がない。奥さんもプロ6段で、女流タイトルを獲ったこともある。
 尊敬する棋士は、呉清源。中国福建省出身で、「昭和の棋聖」とも呼ばれプロ棋士の尊敬の的だ。明日(5月19日)97歳の誕生日を迎える。

ヒカルの碁
 漫画『ヒカルの碁』が、99年~03年に連載されて子どもたちの間で大人気となり、コミック本(23巻)は売上累計2465万部という大ベストセラーとなって、囲碁普及に大貢献した。ちなみに監修は梅沢由香里(現・吉原)・女流6段でファンが多い。
 最近は、授業やクラブ活動に囲碁を取り入れている高校・大学も増えたようだが、普及率はあまり芳しくない。

 皆さん!物は試しで、囲碁の門を叩いてみませんか。まちがって、私の頭を叩かないでくださいね。まずは、無料会員でお試しください。やみつきになっても、責任は負いかねます。

ユーザーズガイド

 日本棋院へのアクセスは
 ⇒http:www.nihonkiin.or.jp/
「幽玄の間」へのアクセスは
 ⇒http:www.nihonkiin.or.jp/

九電の料金値上げと原発再稼働は許せない!

  こんなひどい話しがあるだろうか!九州電力は、政府の認可を受けて家庭向け電気料金を今月から平均6.23%値上げした。年2700円の負担増となる。
 理由はいたって簡単で、原発が動かせず火力発電の燃料代などがかさんで大きな赤字となったから。しかも、原発が再稼働できなければ、再度値上げもあるのだと言う。

玄海原発
(玄海原発)
 
 ちょっと待ってほしい。経営が苦しいと言いながら、現役役員や顧問・相談役などへの高額報酬をはじめ、不透明で「別会計」のようなカラクリは温存したままではないか。
 原発立地や周辺自治体への大口寄付金(億円単位)なども全容は不透明で、結局は利用者の負担となるが、今後も続けると言う。

 例の「やらせメール事件」(※)も真摯な反省はないままだ。引責辞任したはずの会長や社長は、顧問・相談役として年収数千万円のご身分だ。また、九経連の新会長に初めて九電以外の麻生グループから就任するが、松尾会長(九電相談役)は「名誉会長」として残ると報道された。
    (※2011年6月、玄海原発2、3号機の運転再開に向け経産省が実施する
     「佐賀県民説明会」に際し、古川佐賀県知事と九電トップらが関連会社
      社員らに再開支持のメールを投稿させた世論偽装工作)
 
川内原発
(川内原発)

 値上げが嫌なら電力を使うなと言わんばかりの傲慢さだ。私が国政の場にいた頃原発推進派の議員らは口々に「原発に反対する連中は、冷蔵庫など電化製品を使うな」「ローソクで生活しろ」とうそぶいていたものだ。
 安倍内閣は、「発送電分離」と「総括原価方式」を閣議決定したが、電力業界の巻き返しは必至だろう。私たち利用者が、発電会社や料金メニューを自由に選べるシステム改革こそ急務だ。

 原発をめぐる問題点は、実に深刻でいくつもある。――火山列島に50基を超える原発。使用済み核燃料の処理と処分。(当初、想定してなかった)プルトニウムを燃やす「プルサーマル」などなど。

全国の原発マップ
(アエラ 2011年3月28日)
 
 そして、何より知ってほしいのは、ウラン採掘から定期点検、事故対処、❝核のゴミ❞最終処分に伴う「労働者被曝」の厳しい実態である。その殆どが下請け、孫請け労働者であることは、福島第一原発事故で露わになった。私が尊敬し友人でもあるフォトジャーナリストの豊崎博光氏が「核の被害」に詳しい。自称❝売れない写真家❞の樋口健二氏は原発内被曝を徹底取材している。

アトミック・エイジ

 さて、遅きに失したとはいえ原子力規制委員会は、核燃料再処理工場の操業に「待った」をかけ、高速増殖原型炉「もんじゅ」の使用停止命令の方針だ。(諸外国はとっくに撤退した)核燃料サイクルが事実上破たんした。

もんじゅ
(高速増殖炉もんじゅ)
 
 「3.11」の福島第一原発事故の惨劇を忘れまい。深刻な事態は現在も進行中だ。私たちがめざすべきは、❝脱原発❞のロードマップをつくり、歴代政府がサボってきた多様な自然エネルギーの実用化と小規模発電だろう。

福島第一原発
(福島第一原発)
 こうした具体的代替案を示した上で、料金値上げ分の「不払い運動」ができないものだろうか。

石木ダム建設は断念したほうがいい

 メーデー集会の写真を撮りに行った折、古からの友人Mさんと久しぶりに出会い、ブログのことを聞いた。さっそく見てみると、❝西風に吹かれて❞というタイトルやテンプレートが素晴らしく、文体がしなやかでとても分かり易い。

川棚川流域
(石木ダム建設絶対反対同盟のパンフより)

 その中に何度も「石木ダム」のことが書かれていた。「石木ダム」とは、私が住む佐世保の隣町・川棚町に建設が計画されたもので、すでに41年を経過して実現しそうもない代物である。

石木ダム闘争3

 建設の理由として、佐世保の水不足解消や川棚町の治水対策が挙げられるが、いかにも説得力に乏しい。同計画の概要や反対の論拠については「石木川まもり隊」のブログを参照していただきたい。⇒http://blog.goo.ne.jp/hotaru392011 
石木ダム闘争4
 
私が、「石木ダム」反対運動にかかわるきっかけは、長崎県による強制測量と阻止闘争(82年)であった。
強制測量に体を張って阻止する地権者家族と支援する労組・市民たちで、建設予定地の周辺はかつてない緊迫した空気に包まれた。私は、その中でリヤカーに乗って数珠を持ち念仏を唱えるお婆さんの姿にすっかり胸をうたれた。

石木ダム闘争2

 その後、「石木住民を犠牲にする水はいらない!」というビラ(発行人:佐世保市民有志)を新聞折り込みで配布したが、けっこうな反響があった。経費は、1万円カンパを募って賄った。保存していたそのビラは紛失して、いまは幻のビラだ。(なんと!そのビラを友人のIさんが30年間も保存していた。さっそくコピーして追加掲載する)

石木ダム反対ビラ

石木ダムいらない全国集会
 
 私が、国会議員の時、川辺川ダム建設予定地や水没予定地・五木村を視察に行ったことがある。一見して壮大な無駄に目を見張ったものだ。

清流川辺川と雨宮神社の杜
(清流川辺川と雨宮神社の杜 かわうそ通信47号より)
 
 無駄なダムの象徴といわれた❝東の八ッ場 西の川辺川❞。5年前、蒲島郁夫熊本県知事が建設反対表明して以降、脱「川辺川ダム」の流れは変わらない。
 市川恭治氏(環境コンサルタント)は「大型ダム開発が生態系に及ぼす影響に対して、その予測や保全対策の技術は追いついていないのが現状」「環境アセス法の成立(97年)以前に計画されたダムは、まともな環境アセスがなされていない」「環境アセスは開発を前提にしたものなので、問題点を指摘しても工事をストップさせることは困難だ」と指摘している。(朝日新聞、09年10月15日付)

 今年の「川原ほたる祭り」にはぜひ行ってみたいと思う。

12年ほたる祭り
(12年5月27日 石木川まもり隊ブログより)

早岐茶市が始まった!

  「早岐茶市」が始まった。お寺の行事で縁起がよいとされる八のつく日(四月八日はお釈迦様の誕生日)の前後(七・八・九)に開かれ、五月の「初市」「中市」「後市」そして六月の「梅市」と続く。

早岐茶市

 昔から海陸ともに交通の要衝だった速来村≪現・早岐≫。刃物や陶磁器などの工業製品と鳥獣の皮など山の幸、魚海藻など海の幸の物々交換及び文化娯楽などが中心となって「定期市」がたった。

刃物
 最盛期は、江戸末期から明治時代の中頃で、五島や平戸などから六百隻もの船が集まり、福岡、佐賀、長崎などから商人や見物人たちが大勢やってきて賑わったという。
 「茶市ん風に吹かるっぎんた、そん年は風邪ひかんとばい。」と言い伝えられる。(最近の早岐茶市の様子は、早岐商工振興会のブログ参照)
    ⇒ssb.tvs12.jp/~haiki-chaichi/HAPCI/kaihou.html)
 新茶
 五月のゴールデンウイークに開かれる佐賀県有田町の陶器市のほうが全国的に有名だが、早岐茶市をヒントに大正四年、「陶祖祭」として始まった。
 長崎県に残る定期市を開催順にみると、相浦町「愛宕市」、島原市「初市」、平戸市「延命茶市」、早岐茶市、平戸市「津吉茶市」、川棚町「川棚茶市」、東彼杵町「そのぎ茶市」、壱岐市「春の市」である。
 以上、郷土史などに詳しい前川雅夫氏(元・長崎県立大学佐世保校非常勤講師)の論考「定期市・考」(「ながさき自治研」NO.48所収)からの引用である。

海産物
 前川氏は論考の最後に言う。――いま、定期市や生産者市に活気がある。量販店・スーパー・コンビニの流通システムに無いものがあるからだろう。大量生産ができない農漁民。郊外スーパーには行けない交通弱者。若者ばかりのコンビニ。カタカナや横文字の表示、広すぎる店舗に圧倒される老人。カゴに商品をつめてレジに並ぶのに飽きた消費者。

よさこい祭り
 現代社会からとり残された生産者、流通業者、消費者などの人々が「市」を中心に結びついている。そこに、行き詰まりつつある地方の未来へのヒントがありそうだ――と。

陶磁器
 ❝百聞は一見に如かず❞。始まったばかりの「早岐茶市」に足を運んで、四百年余の歴史と雰囲気を味わい、いろんなものを買い、美味しいものを食べ、出会った人々との会話やイベントを楽しんで欲しい。きっと、心を癒されること間違いなし!

早岐茶市マップ

「国民栄誉賞」に思う

  「国民栄誉賞」を受賞した長島茂雄と松井秀喜の授与式が、安倍首相出席のもと東京ドームで行なわれた。受賞者は第一号の王貞治(77年)以来23人という。

栄誉賞授与式

 これに関する朝日新聞の取材で辻元清美衆院議員が「なんで今この2人なんやろという違和感が残る。福島第一原発の現場で命がけで事故拡大を食い止めてくれた『フクシマ50(フィフティー)』こそ受賞に値すると思う」と語っている(4月30日付)。まったくその通りで、この種の賞には時の首相らの政治的胡散臭さがつきまとう。
 
国民栄誉賞

 この際、皇室から授与される功労者表彰の種類を調べてみたら、「勲章」が17種類(大勲位~文化勲章)、「褒章」が7種類(紅綬褒章~飾版)、「杯」が2種類で、総計26種類もあった。春と秋の叙勲は大きく報道されるが、国会議員は受賞者を直前に知ることができるので、秘書たちは所属議員の地元にいち早く連絡するのにおおわらわだ。
 それにしても、長年の功労を讃えるのに、なぜこうまで階級化、差別化する必要があるのだろうか?人間みな平等ではなかったか。「天皇制」への疑義を抱いて受賞を拒否した人も少なくない。

 県レベルでも毎年、功労者表彰が行われている。私が以前、県知事の秘書に「労働界の功労者が一人も表彰されないのは何故か?」「県内の労働条件向上と労使関係の安定に貢献した人も表彰されるべきだ」と問うたことがある。秘書は「前例がありませんので」とにべもなかった。

 佐世保でも、米海軍佐世保基地司令官が離任・帰国するのにあわせて、国際親善に尽くしたとの理由で「名誉市民」の称号を贈る慣わしだ。佐世保には約5千人余りの米軍人・軍属が住んでいるが、強姦・窃盗から飲酒運転、器物破損などの米兵の犯罪事件は後を絶たず、「綱紀粛正に努めます」とハンコで押したような空虚な言葉を繰り返すだけの司令官が、「名誉市民」にふさわしいとはとうてい思えない。
 まさか、❝どうでもいいで賞❞という訳ではあるまい。

海の幸、山の幸に恵まれた島原に行く

  妻の親戚の法事で長女も一緒に久しぶりに島原へ行った。南島原市の加津佐という小さな町である。島原市廻りだと遠いので、小浜温泉経由で行ったが、わが家から2時間30分かかった。❝陸の孤島❞とも言われるように、交通アクセスはやや不便だ。

島原半島

 車が加津佐に入ると、「佐田の富士」という幟が目に入った。長崎県内唯一の関取で加津佐出身なのだ。島原鉄道の島原外港~加津佐間廃線で加津佐駅は閉鎖されて、寂しい姿をさらしていた。

旧・加津佐駅

 数年前、地方自治研究センターが街づくりシンポジウムを開いた時、様々な地域おこし活動を行なっている人たちが活発な議論を交わした。島原半島を一周する鉄道として長崎県が支援すれば、もっと活気が溢れるのにと思う。
 島原といえば、古くは天草四郎率いる「島原の乱」で有名だ。
                                           原城址
 (天草四郎らがたて籠もった原城址)
 雲仙普賢岳の火砕流
 
 近年では「雲仙・普賢岳の大火砕流」(91年6月)や世界ジオパーク認定(09年)で全国的に知られる。人情味に厚く、海の幸、山の幸も豊富で、じゃがいもの生産量は北海道に次ぐ全国第2位。「ガンバ」(島原で「フグ」をこう呼ぶ)が美味しい。島原そーめんも、つるつる喉ごし感が最高でこれからシーズンを迎える。皆さん、島原よいとこ一度はおいで!           
                                          手延べそうめん

憲法第九条の改悪を阻止しよう!

 かつてない❝改憲ムード❞に包まれて迎えた66歳の憲法記念日。もっとも、各種世論調査では国民の関心は高いとは言えず、政治家やメディアの間で改憲論議が過熱気味のようだ。

 世論調査
  (朝日新聞 2013年5月3日付)

 安倍首相や自民党は、今夏の参院選の公約に「憲法『改正』」を掲げた。狙いはもちろん「第9条」、その突破口として「第96条」(手続き条項)改正だ。
 ❝改憲派❞に共通する「改正」の主な理由は、「米国の押し付け憲法だ」「集団的自衛権が使えない」といった言い古された感情的嫌悪の類で、「改正」したら何がどのようによくなるのか具体性に乏しい。
新憲法制定の帝国議会
         (新憲法を制定した帝国議会、1946年11月3日公布)

 改憲の基本ベースは、昨年4月に発表された自民党の「憲法改正草案」だが、個人の尊重(第13条)や基本的人権(第97条)の肝心な文言が削除されている。そもそも憲法は、権力を拘束し制限するという憲法の本質(立憲主義)が理解されていない。過去の日本の苦悩を共有せず、世界の流れにも背を向けるものだ。

 憲法「改正」を批判する二人のコメントを紹介しておきたい。浦部法穂・神戸大名誉教授は「憲法で制約される国会、まして内閣が改憲を主導するのは本末転倒」「9条改正に賛成の人は、自分が戦地に行くという感覚がないから」「❝一票の格差❞是正なしに選ばれた議員に、改憲提案の資格はない」と手厳しい。(2013.5.2朝日聞)
 また、品川正治・経済同友会終身幹事は「日本経団連が九条改正や集団的自衛権の行使を求めるのは、恥ずかしい」「米国の軍需産業と頻繁に交流している大企業のトップは、自分たちのビジネスチャンスを拡大するために、国のあり方に手をつけようとしている」と辛辣だ。(2005.3.6西日本新聞)

 品川正治氏
(品川正治氏の主張)

 余談になるが、私が国会議員の時、石破茂さん(現自民党幹事長)らに「九条改正を言うのなら、天皇制はいらないと言うべきだよ」と言ったら、彼らは意味が分からずキョトンとしていた。――日本占領の最高責任者・マッカーサー連合軍司令官は、日本の非武装と引き換えに天皇制を存続・利用したのだ。ちなみに、新憲法施行日(5月3日)は日本の戦争責任を裁く「東京裁判」の開廷日(1946年5月3日)である。(詳しくは私のレポートを参照されたい)

 また、国連の基本理念は「集団安全保障」であって、「集団的自衛権」というのは国連憲章の例外規定に過ぎないのだ。
 ここはひとつ、改憲派の鼻息に負けず国民的議論を巻き起こし、❝護憲派❞❝活憲派❞の陣形を広げて第九条改悪を阻みたい!

ながさき9条フェスタ
  (ながさき9条フェスタ 長崎市公会堂前)

 (※古関彰一・獨教大教授の「憲法九条はなぜ制定されたか」岩波ブックレットをお勧めします)

メーデーに想う

  昨日は労働者の祭典「メーデー」だ。連合主催の中央祭典は、すでに27日に開催され約4万人(主催者発表)が参加したらしい。メーデーと言えば「5月1日」と決まっていたが、ゴールデンウィークで人が集まらないとの理由で4月開催となって久しい。
 佐世保では、連合・地区労・友愛会の3団体主催で「5月1日」開催の伝統を守っているが、参加者は約600人ほどだ。


メーデー
(佐世保・島瀬公園)
 
 なお、集会の最後に労働歌「晴れた五月」を合唱するが、歌える人は殆どいない。❝歌を忘れたカナリヤ❞ならぬ❝歌を知らない労働者❞というわけだ。 
本来のメーデー歌は寮歌を原曲とする「聞け万国の労働者」で、陸軍幼年学校で軍歌としても歌われた。フランスの革命歌で旧ソ連邦の国歌とされた「インターナショナル」は、60年代末、学生運動が全世界を席捲した時よく歌われたが、いまや遠くなりにけりである。

 メーデーの歴史は古く、1886年、米労働総同盟(AFL)の「8時間労働制」を求める統一ストライキが始まりとされる。
 日本では、1905年、平民社の茶話会に始まり、労働組合のメーデーは1920年、「8時間労働制」や「失業防止」「最低賃金制」を求めて上野公園で開かれた1万人集会が始まりだそうだ。

日本初のメーデー
(日本初のメーデー)

 ところで、働く人に占める非正規労働者の割合は3割に増大し、それに比例して労働組合の組織率はいまや1割に低下して、その存在感は薄らぐ一方だ。
 この現状を見透かしたように、政府の有識者による会議(産業競争力会議や規制改革会議など)で、雇用ルールを見直す議論が始まっている。最大のテーマは「解雇の規制」である。解雇権の乱用禁止や「整理解雇の4要件」が標的になっているようだ。

 産業構造の変化に伴って「労働市場の流動化」を促すのが狙いだが、そのためには失業中の生活保障(セーフティーネット)や職業訓練の充実が不可欠だ。
 デンマークやスウェーデンでは解雇が容易で、その代り失業給付が前職の約80%・給付期間は2~4年と手厚く、職業訓練・教育でスキルアップした労働者の転職を容易にする仕組みになっている。(※週刊東洋経済の「北欧特集」、08年1月12日号が分かり易い)

特集:北欧

 日本では果たして、政府や経営側にそうした意思が乏しく、労働側も柔軟な発想と対等な交渉力があるのか、極めて疑問である。
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今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)