ネット依存症とSNSの時代

 松飾などを片付け「七草がゆ」をいただいて、お正月に一区切りした。
 それにしても、年末年始のTV番組の面白くないこと。ニュースはもっぱら、トランプ新米大統領、朴槿恵韓国大統領の弾劾、〝小池劇場〟のあれこれなどの繰り返しだ。

 私の日常生活も、まったく単調で退屈この上ない。毎朝、新聞記事の切り抜きとパソコン保存、ブログにフェイスブックといったことの繰り返しで、パソコンから離れない。
・・・たまたま、朝日新聞に「危険、若者のネット依存」(1/7)、「SNSの時代、格闘は続く」(1/9)という記事が目にとまった。

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 「インターネット依存」――厚労省の中高生のネット依存度調査(12年度)では、中学生の6%、高校生の9・4%が該当し、全国で約52万人と推計した。
 この問題に詳しい医師の話しでは、若者のネット依存が顕在化したのは15年ほど前から。低年齢ほど人格形成が未成熟で依存に陥りやすいという。

 どうすれば防げるのか。――専門医によると、ネットでゲームができる環境の与えっぱなしをやめ、利用制限するルールを家庭で作るのが有効。趣味や学業、部活などに取り組むように保護者や周囲が仕向ける。
 子どもがネットに逃避する背景には、家族関係のゆがみがあることが多く、特に父親の家庭への関与が薄いケースが目立つという。

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 一方、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が本格化するのは1990年代に入ってからのようだ。
 紀元105年の紙、15世紀の活版印刷の発明。そして新聞、ラジオ、テレビ、ネットの登場。技術の発展に伴い、人類が生む情報量は増え続けてきた、と言われる。実際、掲載した図を見ると驚くべき勢いだ。

 1950年代半ば、評論家の大宅壮一が「家庭の茶の間に氾濫しては一億総白痴化になる」と発言して流行語になった。新しいメディアが登場するたびに、悪影響を心配する声も出た。「自分で選択し判断できる『自律した人間』が近代西洋社会の理想だった。それが難しくなりつつある」と門林岳史・関西大学准教授は指摘する。
 いずれにしても、難しい時代を迎えつつある。
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路線廃止、無人駅化で地方の疲弊が進む

 国鉄の分割・民営化からやがて30年。全国的に「不採算の路線」は廃止されて、第三セクターやバスに切り替えられた。駅の無人化なども進み、お年寄りや高校生が苦労している。
 とくに、JR北海道は全路線の約半分にあたる10路線13区間は「単独で維持できない」と発表した。
苦境のJRは自治体に支援を求めるが、財政難に喘ぐ自治体にその余裕はない。

    廃止路線の推移
    (図:朝日新聞 11/19付)

 佐世保では、戦争に欠かせない石炭を県北地域の炭鉱から輸送するため、路線が佐世保まで延伸されたのだった。
国鉄時代、線路には蒸気機関車が黒煙をあげて走り、多くの鉄道マニアがカメラを構えるのどかな光景が見られたものだった。

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 国鉄民営化後、佐世保では松浦鉄道(MR)が運行しているが、青息吐息の状態だ。
 そもそも当時、国鉄の赤字の原因は「戦地から引き揚げてきた労働者」を大挙雇い入れたからだ。
 ところが、中曽根政権は「赤字解消」を理由に国鉄を分割・民営化した。その後、中曽根は「実は、国鉄労組を潰すためだった」と本音を吐露したのだった。

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 このような状況下、赤字覚悟で新幹線を地方にもってくるのは、もってのほかだ。
長崎の「フリーゲージ」方式は実験段階からうまくいかず、仮に運行できたにしても遥かに先にずれること必至だ。ところが、せっかちに新幹線用の新駅建設を進める自治体や財界などは「フル規格」路線を求める有様だ。国も自治体も借金漬けなのに、莫大な建設費用はどうするのか?

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 いったい、この国はどうなっているんだろう?!

〝異色の皇族〟三笠宮崇仁さまのご逝去に思う

  昭和天皇の末弟、三笠宮崇仁さまが27日、亡くなられた。
 皇族のことは不勉強でよく知らなかったが、三笠宮(以下、敬称略)は日中戦争の現地で日本軍の行動を厳しく批判し、また戦後は「建国記念日」制定に強く反対された異色の皇族であったことを知った。
 新聞や週刊誌、TVなどのメディアはいずれも、そうした〝リベラルな皇族〟ぶりを詳しく報道している。――その要点を少し書いておきたい。

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――まず、戦争をどうとらえていたか。
 三笠宮は、日中戦争下の昭和18年(1943年)「支那派遣軍総司令部」の参謀として、南京に駐在。そこで、将校に対して書かれた冊子が、「支那事変ニ対スル日本人トシテノ内省」。当時は言論弾圧下なので、皇族である自分があえて発言すると書いている。
 「支那派遣軍は日中戦争の本質の認識や、解決への努力が足りない」。「満州事変・支那事変の主な原因と責任は日本現地軍にある」。「日本は戦闘に勝っても戦争に勝ったとはいえない。蒋介石を抗日に追いやったのは主に日本側に責任がある」。「日本軍の略奪、強姦、良民の殺傷、放火等」と次々に指摘し、戦争中から満州事変以降の日本の軍事行動に対する強い批判を、一貫して持っていた。(元宮内庁参与である三谷太一郎・東大名誉教授の話しより)

     三笠宮、内モンゴルで

――戦争終結、戦争責任、新憲法について。
 1945年8月12日、昭和天皇が戦争終結への協力を求めた皇族会議の席で、三笠宮は陸軍の反省を強く要望。その後、阿南惟幾陸軍大臣が宮さまに降伏の翻意を懇願したが、「陸軍は満州事変以来大御心にそわない行動ばかりしてきた」と応じなかった。
 1946年2月27日の枢密院本会議で天皇退位の必要を示唆する発言をした。
同年6月8日の本会議でも、「満州事変以来日本の表裏、言行不一致の侵略的行動については全世界の人々を極度に不安ならしめ、かつ全世界の信頼を失っていることは大東亜戦争で日本がまったく孤立したことで明瞭である。従って将来国際関係の仲間入りをするためには、日本は真に平和を愛し絶対に侵略を行わないという表裏一致した誠心のこもった言動をしてもって世界の信頼を回復せねばならない。憲法に明記することは確かにその第一歩である」。

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     (朝日新聞 10/28付)

――「紀元節」復活の動きについて。
 2月11日が「神武天皇即位の日」とする紀元節復活運動に対して、三笠宮は歴史学者の立場から学者の会合や論文で反対を表明した。
 「歴史研究者として、架空の年代を国の権威をもって国民におしつけるような企てに対してあくまで反対」と表明。「昭和15年に紀元2600年の盛大な祝典を行った日本は、翌年には無謀な太平洋戦争に突入した。すなわち、架空な歴史を信じた人たちは、また勝算なき戦争を始めた人たちでもあったのである」(文芸春秋59年1月号)。

――「生前退位」と皇室典範について。
 三笠宮とじっくり会話を交わし、「昭和史最後の証人」だと述べるノンフィクション作家・保阪正康氏が(奥平康弘著「『萬世一系』の研究」を参考にしつつ)「サンデー毎日」で短期連載中だ。少し引用しておきたい。

 秩父宮、高松宮、三笠宮の3人の弟宮は、敗戦後の日本社会で、皇室の民主化に率先して動いていた。とくに三笠宮が積極的で、新しい皇室典範案に自らの考えを示し、「生前退位」を訴えていることがわかった。
 新しい皇室典範案である「新憲法と皇室典範改正法案要綱(案)」は、枢密院の審査にかけられ顧問官たちに配布されたが、黙殺されたようだ。

 三笠宮は、「大日本帝国憲法と旧皇室典範がセットになって、大日本帝国下の天皇制をつくりあげてきたのだが、これからは新しい憲法とそれにふさわしい皇室典範がセットになる形を採るべき」と訴えている。
 そして、新しい憲法のもとで皇室典範の改正を行うとするならば、せめて7点については憲法の精神を汲みとらなければならないとして、――国民主権の原則、天皇における国政的権能の欠如、国事行為における内閣の助言と承認、法のもとの平等、華族性の廃止、婚姻の自由と婚姻関係における平等、皇室財産の国有化を挙げている。

     赤坂御用地を散策する三笠宮ご夫婦
     (15年。赤坂御用地を散策する三笠宮ご夫婦)

 「譲位の問題」について三笠宮は、新しい皇室典範に「退位の自由」がないことに強い疑問を呈している。いわば終身在位はきわめて残酷な制度であり、憲法18条に違反しているのではないかとの見方である。
 奥平康弘・東大名誉教授は、「吉田茂首相の皇室典範案の提案理由と保守的な憲法学者らの主張は、天皇という個人的存在が憲法の設定した制度のために犠牲になることを当然の前提にしている点で共通である」、と述べている。
 こうした(奥平の)見方の原点は、三笠宮の視点が出発点になっているのである。

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     (95年、品川区フォークダンス協会の催しで踊る三笠宮)

 なんともすごい皇族がいたものだ。長男の故・寛仁の著書によると、「大学への通勤は、車でなく山手線で。学生食堂ではうどんを食べる。勉強好きで、家族とスキーに行ってもひとりで原書を開く」。
 また、フォークダンスや社交ダンスに親しみ、日本レクレーション協会の名誉総裁などを務めた。

     孫娘の承子・典子・絢子
     (14年8月 軽井沢。孫娘の高円宮承子さん・典子さん・絢子さん)

 軍部などにまつりあげられた皇室が戦争の原動力になる。その危うさを誰よりも知っていた現代史の証人がまた一人去った。
 心よりご冥福をお祈りしたい。  合掌

相模原殺傷事件と全盲・全ろうの学者

 障がい者施設「津久井やまゆり園」での殺傷事件(19人刺殺、26人負傷)を受け、関係閣僚会議で安倍首相は「措置入院後のフォローアップ」を検討課題として挙げた。
 これに対して多くの新聞が、「犯行の原因などが明確でない段階で制度見直しに突き進むのは拙速だ」と指摘しているのは、当然だ。

     津久井やまゆり園
    
 特に、毎日新聞は全盲・全ろうの福島智・東大教授の「今回の事件から考えた原理的な問題」という原稿を紹介している。少し抜粋してみると……
――「重度障害者は生きていても意味がない」という容疑者の供述で連想したのは、「ナチス、ヒトラーによる優生思想に基づく障害者抹殺」という歴史的残虐行為である。
 今回の容疑者は、ナチズムのような何らかの過激思想に感化され、麻薬による妄想や狂気が加わって蛮行に及んだのではないか、との思いが心をよぎる。

     植松聖容疑者
     (植松聖容疑者)

――無抵抗の重度障害者を殺すということは二重の意味での「殺人」と考える。
一つは、人間の肉体的生命を奪う「生物学的殺人」。もう一つは、人間の尊厳や生存の意味そのものを、優生思想によって否定する「実存的殺人」である。
 こうした思想や行動の原潜がどこにあるのかは定かではないものの、今の日本を覆う「新自由主義的な人間観」と無縁ではないだろう。

――労働力の担い手としての経済的価値や生産能力で人間を序列化する社会。そこでは、重度の障害者の生存は軽視され、究極的には否定されてしまいかねない。
 つまり、ごく一握りの「勝者」「強者」だけが報われる社会だ。すでに、日本も世界も事実上その傾向にあるのではないか。
私たちの社会の底流に、こうした思想を生み出す要因はないか、真剣に考えたい。

     福島智・東大教授
     (福島智・東大教授)
     
 それにしても、すごい学者がいるものだ。小学生で全盲となり、高校生のときに聴覚も失う。母が、両手の指の関節を点字の突起に見立てた「指点字」というコミュニケーション方法を考案し、よどみなく会話ができるようになった。盲ろう者として初めて大学に入学して、現在、東大の教授、全国盲ろう者協会理事、世界盲ろう者連盟アジア地域代表などを務めている。〝日本のヘレンケラー〟と言うべきか。

障害者を支援するというのでなく、障害者とともに生きる社会をつくっていくということを肝に銘じておきたい。そうした視点から今回の事件をじっくり検証してみたいと思う。

北海道新幹線が開業~危機に立つJR北海道

  昨日、北海道民の「長年の悲願」と言われてきた北海道新幹線が開業した。
 道民挙げての祝賀ムードとはいかず不協和音の中での出発だ。JR北海道は深刻な危機にあるとの記事が目にとまった。(朝日新聞 3月19日付)

    16.3.19朝日・「祝・新幹線」の陰で
    (朝日新聞 3月19日付)

  コラム「記者有論」(北海道報道センター、日比野容子)によると、危機の内容はこうだ。
――鉄道事業は年400億円の赤字で、黒字路線は一つもない。頼みの新幹線も年50億円規模の赤字が出る見通しだ。
2013年にレール検査数値の改ざんが発覚して国の事業改善命令を受け、安全投資に2600億円を投じねばならず、21年に経営破綻するとの試算も社内にはある。

――そもそもJR北は、年500億円近い赤字が出ることを前提に発足した。そこで6822億円の経営安定基金が設けられ、運用益で赤字を埋めるはずだった。
  ところが90年代半ば以降の低金利で運用益が半分に減り、収支のつじつまを合わせるために安全投資を削り続けた。そのツケが近年、事故やトラブルの形で一気に噴き出した。

――JR北はいま、「国は実質上の株主。まさか見捨てはすまい」という甘えから決別。全30線区ごとの収支を情報公開するなど、安全最優先の企業へ再生する改革を進めている。
  しかし、不採算路線の見直しに、地域住民や自治体は反発を強める。政治家や道民の方が、「最後は国が助けてくれる」という甘えから抜け出せず、JR北の進める改革の足を引っ張っているように、私(日比野)には見える。

    新函館
    (新函館駅を出発する新幹線「はやぶさ」)

――国にも問題はある。赤字体質の会社を発足させた責任を棚上げして、「運用益の減少はJR北の創意工夫で補うべきだ」と言うのは無責任だ。国には、JR北が安全投資を削るのを知りながら黙認してきた責任もある。
  経営安定基金の積み増しなど、枠組みの抜本的な見直しを進めるべきだ。来年は国鉄分割民営化から30年。それぞれが「甘え」を捨てて知恵を出し合い、人口減少時代にふさわしい地域の足のあり方を考え、練り上げるべきではないか。

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    (フリーゲージ・トレインの軌道)

    16.3.27朝日・整備新幹線、見えぬ採算 - コピー
     (朝日新聞 3月27日付)

  さて、「長崎新幹線」はどうか。「フリーゲージ・トレイン(FGT)」は車両の開発が遅れ、国や長崎・佐賀両県はとりあえず在来特急と新幹線を乗り継ぐ「リレー方式」による22年開業につじつまを合わせた。国は引き続きFGTの開発を進める方針だが、地元経済界や政治家たちは、莫大な資金(税金)のことなどお構いなしに「フル規格」に地道をあげる始末だ。

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今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)