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整備新幹線の建設続行は断念すべきときだ!

 前回の更新(7/23)からすでにひと月が経った。体調不良で更新できないと書いたのが7月9日(捕鯨問題)、その後、イージスアショア問題(7/19)、原発とテロ対策(7/23)と書いている。
 ところが、もっと厄介なトラブルが生じた。パソコンのハードディスクが完全に壊れて専門店で診てもらったら、「ハードディスクを入れ替えて初期化するので、これまでのデータ・資料はすべて復元できない」と言われた。
 今年に入って一度、バックアップ用のディスクに主要なデータを入れたつもりだったのに、実際は入ってなかったのだ。保存できているのは2013年までだ。
 さらに、初期化の際、これまでのWindows10からWindows8に変わっており、使い勝手がすこぶる悪い。
 梅雨入り前からこの2か月余り、まるで〝厄月〟だ。ブログをひと月も更新しないと読者は離れると言われるが、自分の頭の整理も兼ねて書き続けていくことにした。

 という訳で、今回は「整備新幹線」について少し書いておきたい。
 整備新幹線の建設は、高度成長末期の1973年に立てられた計画に基づいて進んだ。成算なきまま見切り発車したツケは、あまりに重い。

  山本幸三・与党検討委委員長 - コピー
  (検討委員会の結果を中村法道・長崎県知事に報告する山本幸三・与党検討委委員長)

 長崎新幹線(九州新幹線西九州ルート)はその典型と言ってよい。武雄温泉から先の長崎まで22年度の開業をめざし、フル規格で工事が進む。JR九州は当初、フリーゲージトレイン(FGT)の導入を検討したが開発が間に合わず、2017年に導入を断念した。
 佐賀県は、未着工の<新鳥栖―武雄温泉>の必要性そのものに疑問を投げかけてきた。全線フル規格での建設費は、FGTより4千億円も高い6200億円で、佐賀県の負担は660億円。在来線の特急が走る区間に巨費を投じることに疑問を投げかけてきたのだ。

  nagasaki201803-1[1] - コピー

 佐賀県知事は「中央が押し付けるようなやり方は、地方自治の観点からも大きな問題だ」と反発を強めており、フル規格を前提の協議には一切応じないと言い切っている。
  山口祥義・佐賀県知事 - コピー
  (山口祥義・佐賀県知事)

 建設計画からやがて半世紀。人口が減り高齢社会となったいま、優先すべき課題は医療や介護、子育て支援や老朽化したインフラへの対応に変わっている。
見通しの立たないまま巨額の費用を投じる必要が果たしてあるのか、白紙に戻していま一度精査し議論すべきではないか。
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「捕鯨」問題を考える

 この2週間ほど、ブログの更新ができなかった。
 原因は、持病の腰痛が悪化して布団から起き上がるのも困難になったことだ。梅雨入り前に家の内外を大掃除して、腰に負担がかかり過ぎた。
 やっと、腰の負担が少し軽くなった1週間前、のど風邪気味で行きつけの内科から風邪薬をもらったが、食事が喉を通りにくくなった。そこで耳鼻咽喉科で喉の内視鏡検査をしてもらったら、食堂の入り口周辺まで「口内炎」が広がっていた。
災難続きでウンザリだが、「自分の年齢をしっかり念頭において、無理のない動きをしないとダメよ。お父さんの場合は、ウォーキングと水分摂取が全く少ない。脳梗塞などもっと怖い病気になるよ!」と、ケアマネジャーとして働いている娘からひどく叱られた。勧めで「リハビリ型デイサービス」を始めることになりそうだ。
 
 釧路市
 (釧路市。朝日新聞7/2付)

 という訳で、今回は「捕鯨問題」について簡単に論じておきたい。
日本は今月、国際捕鯨委員会(IWC)を脱退し、31年ぶりに商業捕鯨を再開したが、いくつか問題がありそうだ。
 一つは、国連海洋法条約65条(鯨類の保存や管理)の要件を満たしているのか。昨年末の脱退決定も含めて、プロセスが不透明で議論に欠けている。
 二つ目は、ワシントン条約の精神に反するとの批判だ。商業捕鯨で捕獲する3種類のクジラ(ミンク、イワシ、ニタリ)はいずれも、同条約で「絶滅の恐れがある」として、国際的な売買を禁ずるリストに記載されている。

 商業捕鯨調査捕鯨の海域19.7.2
 (商業捕鯨&調査捕鯨の海域。朝日新聞7/2付)

 さらに、「商業」として果たして成り立つのか。「食文化」といっても国内の鯨肉消費量はピーク時から激減しているという。
政府は、漁場探査や解体技術の支援に今年度19億円を投じる。しかし、補助金頼みが続くようでは、自立した産業とはいいがたい。捕鯨基地がある下関市は安倍首相の地盤で、和歌山県太地町は二階自民幹事長の選挙区だ。
いい加減に見切りをつけるべき時期ではないか。
 
 捕鯨を巡る動き19.7.2水産庁資料より
 (捕鯨を巡る動き。19.7.2水産庁資料より)

クジラといえば、私が小学校の頃の給食には必ずおかずに並んだものだ。大人になってからは、焼酎にこの上ない肴となった。生クジラだけでなく、冷凍クジラは大量の血を含んでいるので、妻も貧血防止もかねてよく食べた。
隣町の東彼杵町は昔からクジラの引き上げ所として有名だ。また、平戸市・生月は江戸時代から捕鯨で有名で、「くじら展示館」が建ててある。

 商業捕鯨の年間捕獲枠19.7.5水産庁資料より
 (商業捕鯨の年間捕獲枠19.7.5。水産庁資料より)

 全くの余談で終わるのもどうかと思うが、ずいぶん以前、原水禁大会に参加した外国人と数人で夕食を囲んだ折、ステーキをご馳走した。とても美味しそうに食べたので、「いかがでしたか」と聞くと「てとも美味しかった!」と絶賛した。そこで、「いま食べたステーキはクジラなんだよ」と種明かししたら、彼は思わず絶句したものだ。(笑)
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金大中夫人(李姫鎬)さんの死去を悼む

 今月10日、金大中元韓国大統領の妻・李姫鎬さんが亡くなった。享年96歳。

   李姫鎬さん

 私は一度だけ大統領ご夫妻に会ったことがある。衆議院議員に当選した2000年の8月、土井たか子党首に随行して初めて青瓦台の門をくぐった。
 金大統領と土井さんは兄妹のように親しかった。話題は6月、南北首脳会談のことだ。日本のマスコミは金正日・朝鮮労働党総書記が「南北統一後の在韓米軍のあり方」に注目した。

  金大中大統領夫婦と

 南北首脳会談で金大中氏は、「あなたは、在韓米軍は撤退せよと強調しているが、それでは南北統一は実現しない」、と問い質した。すると金正日氏は、「それは朝鮮国民向けのプロパガンダだ」、「南北統一後、在韓米軍は平和維持軍として残っていい」と言ったのだ。 
 何とも驚いたものだ。金大中氏は土井党首に言った。「金正日氏について、韓国でも日本と同様に下世話な話題が多い」。だけど彼は、「いろんな情報に通じており、実に聡明な人物だった」と評価したのである。

  金正日

 夕方の懇親会。韓国側は殆ど女性閣僚らで、「民主化運動で獄中10年」の経験者が殆どだったのに驚いた。金大中氏も韓国中央情報部(KCIA)に拉致され、韓国政府から「死刑判決」を受けたのだった。
当時、日本の全国各地で「金大中救出運動」が広がり、佐世保でも「金大中救出ハンガーストライキ」が連日行われた。
私は、その時の新聞記事のコピーと地元「三川内焼き」の特注花瓶を大統領に渡した。

  金大中夫婦93年
  (談笑する金大中・李姫鎬夫婦。1993年)

 金大中氏は10年前に亡くなっている。夫と共に民主化運動を闘った李姫鎬さんのご冥福をお祈りいたします。
(写真:左より今川正美・田英夫・土井たか子・金大中・李姫鎬・清水澄子。私以外はすべての方が他界されている)

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クジラやイルカの軍事利用をただちに止めるべきだ!

 5月、神奈川県鎌倉市の材木座海岸に頭と尾を失ったザトウクジラが打ちあがった、との記事が載っていた。(朝日新聞6/4付)

 ザトウクジラは11月から5月ごろ、出産と子育てのために沖縄や小笠原諸島の近海に来遊する。その後、エサを求めて親子でアリューシャン列島付近に向け北上を始める。4千キロもの道のりだ。
 その道中は、船に衝突したり、定置網に近づいたり、シャチに襲われたり、危険にあふれている。
 動脈硬化症や寄生虫感染症などの疾病でもクジラは死んでいく。

   19.6.4朝日・相次ぐクジラ漂着
  (19.6.4朝日・相次ぐクジラ漂着)

 クジラは世界中に全部で約90種類。「日本の周りにはその半分が生息または回遊するので、様々なクジラが打ち上げられる」という。(田島木綿子・国立科学博物館研究主幹)
クジラやイルカが漂着したとの報告は全国で年300件ほどあるという。

私があえてこのことを書こうと思ったのは、記事中に「軍事用ソナーで深海のクジラが一度に大量に死ぬ」という最新の研究もある、との記載があったからだ。
通称〝ガンさん〟(元朝日新聞編集委員)は全国きっての基地ウォッチャーだ。私の友人でもあり、議員時代に私の勉強会に必ず出席してくれた。

   軍用イルカ。右ヒレに探知用ビーコン
   (軍用イルカ。右ヒレに探知用ビーコン)

彼が、毎月レポートする月刊「軍事研究」に、クジラ死亡の原因について書いていた。「軍事用ソナーの音波がクジラの耳を刺激して、驚いて急浮上し呼吸困難などの潜水病に陥る」というのだ。
また、イルカを調教して爆雷などを装着し、敵の艦艇に接近して爆破するというのだ。冷戦時代に米ソが競って軍事用イルカを育成したが、冷戦終結とともにロシアは止めた。米軍はいまだに続けているようだ。

国際的に捕鯨禁止や動物愛護が提唱される時代、クジラやイルカの軍事利用は直ちにやめるべきだ!

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故・山川暁夫さんのこと

  ふと、評論家の山川暁夫さんのことが頭に浮かんだ。
 元共産党の中執(青年・学生担当)だったが、路線の対立で離党している。その後、政治評論家として講演や執筆などで活躍し、人気を博した。
 僕が山川さんの名前を知ったのは月刊誌「現代の眼」(廃刊)への寄稿文だった。

   101220-04[1]

  彼によると、西暦で末尾が「9」のつく年は、〝歴史的事件〟が起こっていると言うのだ。
――1949年には中華人民共和国の誕生、59年日米安保闘争、69年「東大闘争」と世界的学生運動の高揚、79年イラン革命とソ連のアフガン侵攻、89年ベルリンの壁崩壊(冷戦終結)と天安門事件。
 21世紀に入ると、2009年民主党政権の誕生。……といった具合いだ。

  晩年に佐世保で講演された折、私の行きつけの居酒屋で二人っきりで約3時間ほど話しを聞かせていただいたことがある。
――高野孟氏や田原総一郎氏に対する批評は厳しかった。情報紙『インサイダー』を創刊して、後年、高野氏に引き継ぐのだが、「高野も田原もブルジョア主義に毒されてしまった、情けない奴らだ」。
 「権力から弾圧され続けた共産党は権力に対する警戒心がしっかりしていたが、社会党は権力に甘すぎた」。「君が米国大使館に行くことがあったら、出されたコーヒーなどに手をつけてはいかん。1週間後に不審死するような〝毒〟を盛られることがあるのだ」。

   カツオくん

――話しは一転して、マンガ「サザエさん」一家のことに移った。ポケットから四つ折りにしたハガキ大のセピア色の写真を取り出して曰く。「『サザエさん』一家のモデルはわが家だよ。これが姉のサザエ。弟のカツオは俺さ」。
作者の長谷川町子さんに「国民総白痴化のようなマンガを描いたらダメだよ」苦言を呈したそうだ。山川さんも長谷川さんも福岡の出身だ。驚いたなぁ。

   8311l[1]

  話し出したらとまらない。あらゆる情報・知識がキチン整理されて頭の中に収められている思いがした。
 2000年2月、心筋梗塞で帰らぬ人となった。(享年72歳)
 10年後、「山川暁夫=川端治さん没後10年のつどい」が開かれ、高野孟さんや長谷川慶太郎さんら約100人が集まったという。
 同年、「結婚を祝う会」(有田芳生氏?)には、上田耕一郎氏(故人)や吉岡吉典氏(故人)なども参列したらしい。

  山川氏が存命ならば、今の政治を理路整然とメッタギリにされたことだろう。
 さて、今年は末尾が「9」である。どのような歴史的事件が起こるのだろうか?

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今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)