『軍転法』を反基地運動に活用しよう

  今月、佐世保で前田哲男(軍事評論家)さんと食事した折、反基地運動を進める上で『軍転法』をもっと活用したらどうか、と提言された。
  なるほど、佐世保では今、前畑弾薬庫の針尾への移転・集約後の跡地利用について市議会で検討が進んでいるのでよい機会だと思う。

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    (前畑弾薬庫のメインゲート)

  だけど、『軍転法』を知っている人はほとんどいない。私自身も『軍転法』制定30周年の記念式典(佐世保市主催。1980年)に出席して以来、関心は薄らいでいた。
  『軍転法』とは、正式に『旧軍港市転換法』と称し、旧憲法下で軍港を有していた「旧軍港四市」を平和産業港湾都市に転換することにより、平和日本実現の理想達成に寄与する事を目的として制定された法律(特別都市建設法)である。

  「旧軍港四市」とは、横須賀・呉・舞鶴・佐世保である。この法律案は1950年4月11日国会で可決後、憲法第95条による「特別法」として対象四市で住民投票が行われ、いずれも過半数の賛成で成立した。

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    (『軍転法』への住民投票を呼びかける中田市長)

  佐世保では中田市長が市議会で「平和都市宣言」を行い、平和産業港湾都市、国際貿易港を目指すとした。(1950年1月)
  住民投票の結果は、投票率89.43%、賛成97.31%という驚異的結果で他都市を抜きん出ていた。(1950年6月4日)

  同年8月、同法は公布施行され、佐世保市は膨大な旧海軍の遺産を譲り受けることになった。貯水池、水道、学校、公園、工場、港湾施設、住宅、道路、グラウンド……など多方面にわたっている。
  しかし、皮肉なことに同年6月に「朝鮮戦争」が始まり、平和産業港湾都市、国際貿易港を目指すという市の基本方針は転換を余儀なくされた。(「佐世保の歴史」市政百周年記念より)
    朝鮮戦争・仁川上陸作戦
    (朝鮮戦争・仁川上陸する米軍)

  現在、佐世保市は米軍・前畑弾薬庫の針尾への移転・返還を受けて、跡地利用に関する「有識者会議」を設けて検討を進めている。そのメンバーは産業・学識・建築・造園・住民・公募市民(2人)というもので、長年基地問題に取り組んできた人は皆無だ。
 この調子では、明治以来手つかずの弾薬庫の豊かな森は、企業立地などで荒らされかねない。
 
  まず、市民に『軍転法』のことを知ってもらい、住民本位の跡地利用とすべく新たな運動を起こしていかなければ、と思う。

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在日米軍基地の検証をすべきだ

 日米安保や安保法制についての議論はあるけど、「在日米軍基地」の全体像についての記事などはさっぱり見かけなくなって久しい。

 80年代までは航空・軍事評論家の故・青木日出雄氏などが盛んに書いており、在日米軍基地はもとより世界各地の米軍基地については実に精緻な著作があった。軍事アナリストの小川和久氏や元朝日新聞の軍事専門家・田岡俊次氏は「青木門下生」と言われる。

 ところが、朝日新聞(1/14付)が「米軍基地はいま」という二人の評論記事を載せていた。少し紹介してみると・・・

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     (リチャード・サミュエルズ氏)

――リチャード・サミュエルズ氏(米マサチューセッツ工科大学教授)。
 ・「吉田ドクトリン」の柱は、比較的少ない防衛予算で、安全保障は米国に依存し、経済的繁栄をめざすこと。米国の安全保障に「安乗り」することだった。
 ・米国にとっても「二重の封じ込め」の道具だった。共産主義を封じ込め、日本をソ連に支配されない地政学上の要にすると同時に、米軍基地は日本を再び軍事大国にしない「ビンのフタ」でもあった。
 ・冷戦が終わって約30年。社会党が自民党との連立政権に入って、基地反対の動きは全国的には下火になっている。
  いまは中国が軍事力、経済力をつけて台頭しており、尖閣諸島などがきっかけとなり、米国が「日本と中国の戦争に巻き込まれる」ことを警戒するようになっている。
 ・アジアの国際環境の劇的な変化を踏まえれば、「吉田ドクトリン」に代わる国家戦略について、国民的な議論を深めるべきだった。
  東日本大震災では日米が初めて共同作戦を実行した。しかし、自衛隊と在日米軍の配置や役割、指揮命令系統の再編など、めざましい変化をもたらしていない。

     佐道氏
     (佐道明広氏)

――佐道明広氏(中京大学教授)。
 ・外国の軍隊が自国の中に居続けるのは、占領期を除けば例外的なことだ。
 日米安保の本質は「基地と防衛の交換」で、「基地を提供する代わりに日本を守ってください」という発想から始まっている。
 ・ドイツやイタリアでも米軍基地があるが、北大西洋条約機構(NATO)という枠組みで、「双務性」があり「基地と防衛の交換」ではない。
  日本は憲法9条の制約が大きいから、「基地と防衛の交換」という方法が発明された。
 ・日本は国会で「国家安全保障問題調査会」のようなものを与野党がつくり、憲法もタブーにせず、きちんと議論すべきだ。NATO加盟国のアジア版のようになることも一つの選択肢だ。
 ・自衛隊の役割は何なのかも、根本的に考え直すべきだ。国防、災害救助の支援、国際協力という三つの役割をこなしていくには、組織的にも、予算的にもすでに限界にきている。
 ・海上保安庁をもっと拡充してはどうか。自衛隊との連携のあり方も検討すべきだ。
  中国の状況なども考えると、米軍の駐留は当面必要だ。だが、全部米軍の都合に合わせるのではなく、「我が国の防衛戦略はこうだ。だから基地の数や場所はこうしてくれ」と言える関係にしていくべきだ。
 ・明確な戦略をもって米国と議論していけば、沖縄の海兵隊撤退の可能性を含めて、基地のあり方を変えていくことはできるはずだ。

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    (朝日新聞 1月14日付)

 お二人にはまことに失礼だが、リチャード氏は古すぎるし、佐道氏は甘すぎるというの
が、私の感想である。
 米軍基地を語っていただくには、前田哲男氏(軍事評論家)や我部政明氏(琉球大学教
授)、田岡俊次氏(元朝日新聞記者)などの論客がおられる。
 沖縄では、普天間基地の辺野古移設をめぐって激しい闘いが繰り広げられている。
 沖縄の海兵隊は果たして日本の防衛に関わっているのか、在日米軍基地はどの程度役に立っているのか、根本的に検証すべき時期にきていると思う。

辺野古は断念せよ!~海兵隊「抑止力」は幻想

 沖縄の普天間基地と辺野古移設に関しては、海兵隊の「抑止力」をどう評価するかがカギとなる。私はすでに、昨年10月14日付の当ブログで「在沖海兵隊は〝幽霊部隊〟だ」と断じておいた。

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     (マイケル・オハンロン氏)

 今回、少し補足しておきたい。
 朝日新聞は7月22日付の記事で「辺野古しかないのか」と題して、三人の論評を掲載している。
 まず、マイケル・オハンロン氏(米ブルッキングス研究所上級研究員)。
――米国がアジアでの駐留を削減して弱体化したと中国に勘違いさせないために、有事の対応能力を高めておく必要がある。
 ただ、辺野古に海兵隊のための新滑走路を建設する計画に対しては、沖縄で強い反対があり困難。法廷闘争などで長引くと、嘉手納の米空軍基地を含む他の拠点の存続まで危険にさらされる可能性がある。
――在沖海兵隊のうち、さらに約5千人を米西海岸に移し、平時の海兵隊員を約3千人にまで縮小する。同時に海兵隊員に提供できる兵器や物資を積んだ事前集積船を日本の港に停泊させておき、有事の際は船を現場に向かわせるのだ。
――また、沖縄の残る海兵隊員の対空能力をフル活用するため、キャンプ・シュワブ内に新ヘリポートを建設。普天間飛行場は閉鎖するが、滑走路は有事のために保持しておく。
 反対運動などの深刻な状況が、本当に抜き差しならない状態に陥る前に、こうした計画変更を行うべき時期にきている。

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     (森本敏氏)

 次に、森本敏氏(元防衛大臣)。
――海兵隊の役割で最も重要なのは、アジア太平洋地域の緊急事態に即座に対応する「陸上兵力」として、抑止機能を果たすことだ。
 海兵隊は不要だという議論は、必ずしも正しくない。地上・航空・後方支援部隊をワンセット自前で持ち、作戦目的を達成できる海兵隊は現代戦に不可欠だ。
――海兵隊が「沖縄」にいなくても抑止力は無くならない。九州南西部辺りに基地があれば、地域全体の抑止力は問題ないだろう。
 ただし、あらゆる訓練ができ、必要な後方支援を受けられ、部隊輸送に必要なオスプレイの飛行場があるという三つの機能が満たされることが条件だ。
 (揚陸艦基地が遠く佐世保に離れているが)現代の軍事環境で海兵隊を投入しなければならない事態は一瞬に起こらない。
――辺野古は以上の諸条件を満たしており、既存の米軍基地からのアクセスも利便性が高い。沖縄の中でも適地はほかに見当たらず、それゆえに「唯一の選択肢」なのだ。

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     (前泊博盛氏)

 もう一人は、前泊博盛氏(沖縄国際大学教授)。
――沖縄で米軍による事件や事故が起きるたびに繰り返される「綱紀粛正」「再発防止」という言葉に実効性はない。根源に「日米地位協定」がある。
 米軍に特権的な地位や基地の自由な管理を認め、治外法権を与えている。特に、相手を支配するよう日々の訓練で刷り込まれた海兵隊員による凶悪事件が目立つ。
――地位協定改定の実現性は極めて低い。日本も同じように不平等な地位協定を海外で結んでいるからだ。
 地位協定の運用は、外務・防衛・法務などの官僚と米軍幹部らによる日米合同委員会で決められている。いくつもの秘密合意、密約が重ねられ、内容は複雑だ。
――協定の「改定」は難しくても、できることはある。たとえば、罰則規定を設ける。規定違反の深夜早朝飛行には「飛行停止1か月」などとする。基地外居住者に住民税を課す。
 あるいは、イタリアやドイツのように国内法を適用できるようにする。
沖縄の現状は、憲法に基づく法治国家ではなく、犯罪の歯止めが利かない放置国家だ。

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 オハンロン氏の考えはある面明快だ。元々、在沖海兵隊の隊員は米本国の第1、第2師団の借り物で、半年おきのローテーション配備だ。軽装備の1個大隊(約800人)で戦争は無理。事前集積船はグアム辺りに配備しておけばよい。ただし、普天間の滑走路は宜野湾市の最大の障害であり返還すべきだ。
 現在、沖縄の米兵人数は約2万6千人、海兵隊(約1万5千人)が3千人程度に減ると沖縄の基地負担は半分以下になる計算だ。

     辺野古の海
     (辺野古の海)

 一方、森本氏の主張は米軍のレクチャーを鵜のみにして「抑止力」の虜になっている。海兵隊は緊急事態に即応できる兵力と言いつつ、現代の軍事環境で緊急投入する事態は考えにくい、とも述べており自己矛盾だ。これで防衛相が務まったのかと思うと情けない。
 安保再定義「ナイリポート」の提言者ジョセフ・ナイ元・国防次官補も提言しているように、辺野古は諦めて代替策を検討すべきではないか。

エルズバーグ氏と核貯蔵問題

  朝日新聞のブロークンアロー(核事故を追う)。――2月18日付記事に関して、簡単なコメント。

 元米国防総省のダニエル・エルズバーグ博士は、米政府が情報を隠したままベトナム戦争を始めたことなどが記された『ペンタゴン・ペーパーズ』を暴露したことで知られる。そのエルズバーグ氏が「岩国の米軍基地に60年代まで核兵器があった」と証言したのは、78年つまり28年前のことだ。

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 朝日新聞の取材に対してエルズバーグ氏は、「岩国基地に核兵器があったことを日本政府も知っていた。国防長官に撤去すべきだと進言したが、受け入れられなかった」。
 「軍事機密はつきものだが、政府の役人を守るためだ。終戦後数年で公開されるべきだ」。「大量の核兵器保有の戦略的理由などなかった。スタッフの仕事と、兵器企業の利益のためだ」。

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 なんともあっけらかんとしたものだ。私は、長崎でエルズバーグ氏と会う機会があった。23年も前のことだ。彼は、原水禁世界大会の特別分科会(93年)に招かれていた。そこで私はエルズバーグ氏に対して、「日本は弾道ミサイルと核保有の可能性があるのでは」と問うてみたのだ。
彼は、江田五月・科技庁長官を表敬訪問した折、長官の卓上に置かれたH2ロケットを見て「これはICBMだ!」と言ったと答えたのだった。
 
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     (H2ロケットを打ち上げる種子島基地)

 米国には今なお、日本の核兵器保有に対する警戒心が根強くある。何よりも、安倍首相や祖父・岸信介らは根っからの「核保有論者」である。
 いま一つ、佐世保の前畑弾薬庫にも50年代、明らかに核兵器を貯蔵していた。基地で働く従業員(全駐労)のA氏がはっきり証言していた。

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    (前畑弾薬庫)

 「国家の利益と人類の利益の間で揺れた。最後は、憲法や、だまされてきた市民や議会を助けることを選んだ」、というエルズバーグ氏の発言を重く受け止めたい。

辺野古事業に係る防衛汚職を追及すべし!

 新年明けましておめでとうございます。
 三が日が過ぎたらさっそく第190通常国会が始まった。6月1日までの160日間、異例の幕開けだ。
 与・野党ともに、夏の参院選を視野に入れての攻防が繰り広げられるだろう。

    16.1.3朝日・辺野古事業天下り
    (朝日新聞 16年1月4日付)

 ところで新年早々、朝日新聞(1/3付)は一面トップで「辺野古事業、天下り先8割」という記事を載せた。――辺野古への移設計画で、防衛省が直近の2年間に発注した移設事業936億円のうち、少なくとも8割にあたる730億円分を、同省・自衛隊の「天下り」先業者やそれらの業者が加わる共同企業体(JV)が受注していた。

 今から10年前、防衛施設庁の官製談合事件が発覚して、同庁は解体され官製談合防止法が改正された。
 しかし、こうした天下り自粛ルールが完全に骨抜きになっていた訳だ。朝日の取材によると、受注各社は理由を「技術的アドバイスをもらうため」「国とのパイプとして期待しないわけではない」などと答えたという。

 沖縄県知事選で翁長知事が誕生した頃、仲井真・前知事は辺野古移設事業に係る下請け・孫請けまで約束していた各社から猛反発を喰らったという話しがあったのを思い出す。
 もっと遡って、私が衆院議員になった頃、大田昌秀・参院議員(元沖縄知事)は私にある雑誌を示してこう言った。「辺野古の建設工法は、誰が首相になるかで決まるんだ。セメントそれとも鉄のいずれを多く使うのかによる」。

    「普天間」交渉秘録

 防衛事務次官だった守屋武昌氏は、軍需商社・山田洋行の収賄で逮捕され有罪判決を受けたが(08年)、彼の著書『「普天間」交渉秘録』(新潮社、10年)はそこら辺の実情を赤裸々に語っていて、実に興味深い。

 「普天間基地の負担軽減のためには、辺野古基地建設意外に解決の道はない」というのが、日米両政府の言い分だ。
 しかし、米側のホンネは「日本政府の負担で、全く新しい基地が手に入る」というものであり、日本側の政・官・業と沖縄の土建業者などにしてみれば「労せずしておいしい利権にありつける」というのが実態ではないか。

    辺野古の海
    (辺野古の海)

 辺野古問題はすでに利権あさりの場と化し、世界最高クラスの生物多様性を誇る「宝の海」を失うことがあってはならない!

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今川正美のブログへようこそ!

生年月日 1947年8月7日
住  所 長崎県佐世保市
学  歴 佐世保北高等学校
     卒業(66年)
     佐賀大学農学部農
     学科中退(68年)
職  歴 佐世保地区労書記
       (68年)
     佐世保地区労事務
     局長(94年)
政 治 歴 衆議院議員
     (2000年・1期
      社会民主党)